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よろしく愛して

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実りがない人生ならば、 長期展望にどんな意味があるのでしょうか。 どんな時でも、しょうがない人でありたい、 そんなしょうがない人を愛していたい。
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#日記

君は今どこで何をしているのだろうか

当時新卒入社したての頃、銀座のクラブで働いていた同い年の女の子とひょんなことで知り合いそれからしばしば会って酒を飲んだ。僕はホステスを職業とした女性と知り合うのはそれが初めてで最初の頃は緊張もしたものだが、お互い損なわれ続けることについてはちょっとした権威だったためか、そういった欠落感というか孤独感がなんとなく共通項として存在しており親近感を生んだのだと思う。だからすぐに仲良くなった。

ただ我々

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僕は選べなかった

僕は選べなかった

「選べなかった」という言い方がある。「あの時こうしていれば」という言い回しも、そのフレーズの派生形である。

大抵人がこんなフレーズを口にするのは、ミュージシャンになるという夢を捨てたもののかつての知人がステージの上で活躍している様を久しぶりに目にしたとき(大体こういうのはネットニュースやテレビの前だ)、あるいは昔付き合っていた女性が「良い夫婦の日(11月22日)」に結婚したという噂を耳にするとき

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ノー・サマー・ロマンス

ノー・サマー・ロマンス

 「もう戻らない夏」にも、幾つかの種類がある。その中でもとりわけ僕の心に残るのは、「何も起こらなかった夏の日」だ。

 それは、仲間と過ごす汗と涙の青春でもなく、ひと夏の恋のようなメロドラマでもない。ただ、大学の授業をサボって過ごす平日の昼下がり、5畳半のワンルームに佇むベタついたテーブルの上にはビールの空き缶、微妙に中身が残るウイスキー・ボトル、近くの川が放つ磯臭い匂いとそれを運ぶ生ぬるい風。夏

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甲子園球児とそうじゃない僕の話

甲子園球児とそうじゃない僕の話

甲子園の季節。夏の風物詩とも言うべきか、高校球児だけでなく様々な人が球場で、あるいはテレビの前で熱狂に包まれる。

僕はこの時期になるとこんなことを思う。グラウンドに立てる者とそうでない者の違いは何か、と。強豪校になればレギュラーの10倍もの部員を抱えていることも少なくない。その分だけアリーナ席は応援要員で埋まる。アリーナ席で大声を張る、日焼けした坊主頭の球児たちと、グラウンドで脚光を浴びる選手た

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「もう戻れなくなるかもしれない」と思うこと

10代の頃、僕は良く走った。ちょうど陽が沈む頃、黄昏時、耳にはイヤホンを、一昔前の曲を流して走り回っていた。

決まって川沿いを走った。広い空がオレンジ色に染まっていく様子が好きだった。水面はその光を反射し、息を切らしながら僕もその色に浸った。

それは誰にも邪魔されない静謐な時間で、今思えばもう決して訪れない静けさだと思う。僕は何も知らなかった。外の世界のことを知らず、ただ、外には沢山楽しいこと

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それでも人生には愛を

それでも人生には愛を

前回お世話になった美容師さんに髪を切ってもらった。

重要な選考を翌日に控えていたために髪型をサッパリしたかった、という理由のほかに、彼女に会えばその選考をうまく乗り切れるのではないか、なんて打算的なことを考えていた。

というのも彼女は、僕が知る中で最も強く、そして優しい大人だったからだ。もちろん、腕が確かだったということもあるのだが。

美容室に着くと、相変わらずオシャレな女性ばかりの空間だっ

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西瓜と渓の朝

頭がぼんやりしていたので、気晴らしに散歩に出た。大学近くの椿山荘から江戸川橋の方へ向かい、茗荷谷辺りに着くと奇妙な看板が目に留まった。

『ワンルームマンション建設反対!~町の環境を守ろう』

茗荷谷と言えば高級住宅街である。現代的な洒落た建物ばかりで、中々都内ではみることのない風景の中、例の看板がぽつんと立っていたのだ。

僕は、どうして反対なのだろう、と思った。マンションだからいけないのか?そ

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僕だって、ドクター・マーチンが履きたかった

僕だって、ドクター・マーチンが履きたかった

僕だって、ドクター・マーチンが履きたかった。

カジュアルかつスマートなデザインの、正直格好いいヤツ。ソールも高く、履けば立ち姿がなかなか様になるヤツ。そんなマーチンが履きたかった。

でも、履けない。みんなが履いているからだ。ドクター・マーチンを履いて街を歩けば、人は僕のことを「ドクター・マーチンを履いている人のなかの1人」として認識するだろう。それが堪らなく嫌だった。

履きたいものを履けば良

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ただ通り過ぎただけのこと

ただ通り過ぎただけのこと

僕は冬の寒さを忘れます。

毎年冬の寒さを思い出しながらこの季節を迎える。というのも、冬が本番になるころに、あれ、冬ってこんなに寒かったっけ、なんて言いたくないでしょう?寒さが嫌いなので、せめて気持ちだけでも準備がしたい。

冬も最初は調子が良い。12月、暦の上では立派な冬だ。あれ、こんなもん?お前の実力こんなもんだったっけ?そんな余裕をかましつつも、冬も半ばになれば本気を出しはじめる。あれ、とん

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23歳の地図

23歳の地図

23歳になった。東京に出てきて4年が経った。

1年大学進学に遅れた僕は、この年で学生生活を終える。この街に出てくれば何かが変わると思っていた、というセリフを大学4年間で何度吐いたか知れない。

23歳になれば、ちゃんと朝ご飯を食べられると思っていた。もしくは、だれかとちゃんと朝を過ごしていると思っていた。相変わらず朝に弱いし、珈琲マシンを購入する勇気は出なかった。

23歳になれば、ちゃんとした

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愛をもらった日

愛をもらった日

「愛」と僕は答えた。

それは普段行き会うことができない友人からの「今から訪ねるけど何か欲しいか」という連絡に対してだ。

大学一年生の頃から付き合いのある彼は、演劇の道で食っていくと言い残し、大学4年生で早稲田大学を去った。その頃から、彼とは多忙につき中々会うことができなくなっていった。そんな矢先のことだ。

特に欲しいものは無く、どうせ彼は万年金欠なのだからろくなものは期待できなかったために吐

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君の髪は、少しにおう。

君の髪は、少しにおう。

君の髪を撫でる。普段なら触らせてくれない、君の髪だ。

張りのない表情、少し口を開けて寝息を立てる君はとても無防備で、ひいき目にみても正直なところ、可愛いとも綺麗とも言えない。いつもの方がよっぽど良い。

ただ、とても愛おしいとは思う。だから、触れたくなる。出来るだけ控えめに、君を起こしてしまわないように。

君の髪は少しにおう。それはシャンプーの良い香りとか、湿った不快な臭いとか、そういうことで

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吉祥寺の吉祥寺っぽくない美容師

吉祥寺の吉祥寺っぽくない美容師

吉祥寺の一角に佇む、かつて通い詰めていたお気に入りの美容室で髪を切ってもらった。一年ぶりである。いつも担当してくれていた店主は僕のことを覚えてくれていた。「久しぶりだね」と店主は不器用な笑顔を浮かべ、僕を迎えてくれた。

オシャレな街でオシャレな内装で若いスタッフたちに囲まれながら、相変わらず僕たちは漫画の話しかしなかったし、相変わらず店内の雰囲気に不釣り合いとも言えるほどの不愛想な表情で、彼は僕

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君は異邦人だった

君は異邦人だった

君は異邦人だった。孤独だった。染まり切れない周りの空気感が歯がゆかった。人と同じが羨ましかった。きっと、自分の居場所がどこにもないような気がしていただろう。

僕は、地方特有の「こうでなくてはいけない」という同調圧力に嫌気が刺して地元を飛び出してきた口だ。つまり、生まれ育った土地に居てもどこか、異邦人である様な疎外感を抱いていた。

東京は良い。まるでみんながみんな異邦人であるようだ。むしろ、この

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