井出崎・イン・ザ・スープ

遠く 知らない街から 手紙が届くような

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温かくて、優しくて、ちゃんと痛くなる

もしかしたら。 彼女となら、ずっと一緒に居たいと思えるかもしれない。その日を迎えるまで、そんなことをぼーっと考えていた。 友人の紹介で知り合った女性との食事だった。年は同じで、とてもかわいらしく、興味を持った国には一人で飛び立ってしまうような主体性の持ち主であり、一緒にいるのが憚れるくらい、魅力的なひとだった。   なぜだか、彼女の優しそうな笑顔にある種の冷たさを感じた。確かに優しいひとだった。しかし、その優しさは、優しさから生まれたものではなく、もっと行方のないものに触

    • 君は今どこで何をしているのだろうか

      当時新卒入社したての頃、銀座のクラブで働いていた同い年の女の子とひょんなことで知り合いそれからしばしば会って酒を飲んだ。僕はホステスを職業とした女性と知り合うのはそれが初めてで最初の頃は緊張もしたものだが、お互い損なわれ続けることについてはちょっとした権威だったためか、そういった欠落感というか孤独感がなんとなく共通項として存在しており親近感を生んだのだと思う。だからすぐに仲良くなった。 ただ我々の奇妙な関係はそう長くは続かなかった。ある日一緒に酒を飲んでいると彼女は結婚と同

      • 本を読まないことが羨ましい

        本を読もうと思わない人生でありたかった。十代の頃の僕が抱えていた孤独感や疎外感、心の奥底にある渇きは、現実世界でどう過ごしたところで満たされなかった。そんな時僕は本を読んだ。どこかに自分と同じ渇きを抱えた人間の生き方が何かしらの形で理解されているんじゃないかと思っていた。 孤独感や疎外感に敏感でなければ、人は本に救いを求めたりはしない。それはそれで素晴らしい人生だと思う。

        • 喪失感中毒

          喪失感は中毒性を帯び僕らを捉え病みつきにさせる。 ただ「別れ」があるだけで、生活は甘美な雰囲気をまとい、いつまで経っても切なく美しいと思う。 ======================= 僕が精力的に執筆活動をしていた頃。いつでも非日常を求め歩いていた。結構な無茶もした。人を傷つけたりもしたと思う。 だから同じ渇望感を抱いた人々と出会うことができた。普通に生きていたらすれ違うはずもないのに何故か僕らは似ていると思うことができた。 彼ら/彼女らは自分の生活や居場所を見

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          時々交わる人生について

          生まれ育った街で旧友と酒を飲もうということになった。彼からは何度かありがたいことにお誘いをいただいていたが、その頃は何故か気分が乗らず様々なお誘いを不義理しているところだった。何度目かのお誘いを頂き、ふと手段としてのお酒で心身を浪費するのではなく、美味いお酒を飲むこと自体に目的をおいて、彼と飲みたいと思った。つまりいつもの気まぐれである。 なるべく静かで、穏やかで、ロックグラスの氷が溶けだす様子を眺められる、そんな条件を頭に浮かべた。それであればあまり口を開かなくていい。良

          時々交わる人生について

          アマレット

          最近1人で酒を飲むことが増えた。仕事終わりに酒を飲みながら仕事の残りを眺めていると、なんだか懐かしい気持ちになる。少し前まで、一人で酒を飲むときは大抵所在ないような、どこまで行っても孤独なのだという沈み切った気持ちを紛らわせるためだった。 くそまずいと思いながら安物のウイスキーを喉に流し込んだことや、アマレットを埃臭く薄暗いバーで初めて飲んだ日のことがすごく懐かしい。 1人で酒を飲むと、そんなどうでもいいことを思い出しながらぼーっと意識が静まっていく、その感覚が心地よい。

          秋の季語

          ・染まりきらない紅葉 ・すぐに冷めてしまうコーヒー ・ヒーターの温度調整 ・埃を被ったジャケット ・テラス席に漂う車の排気ガス ・透明な溜息 ・唐突な別れ

          死を想うということ

           高校の同級生は在学中に亡くなった。重い病を患わっていた。初めて同じクラスになった時にはもう彼の病状はかなり悪かったようで、あまり顔を合わせたことが無かった。  亡くなったのは僕が彼のことを知った翌年のことだ。ちょうど受験期の、周りのことなど考える余裕が全くなかった頃だった。彼とは元々接点がなく、会話を交わした記憶すらない。また、3学年時には彼とはクラスも分かれていたのだが、告別式には出た。出なければ後悔すると感じたからだ。  もう何年も前の事だけど、今こうやって彼の死を

          ジュ―ビリー

           『ジュ―ビリー』というくるりの曲がある。僕はこの曲が好きだけど、このタイトルにどんな意味があるかなんて考えたこともなかった。  感染症が流行する前の年、すなわち2019年の夏、僕は一人でロンドンにいた。事前準備もせず飛び込んだロンドンだったが、霧の街を宛てもなく歩きまわり、初めてJubilee(ジュ―ビリー)という地下鉄の路線があることを知った。  その日の夜、友人に紹介されたタイ出身の女の子と飲みに行った。いつか環境保全の研究所で働きたいと言っていた、所謂インテリ系の

          水槽のロブスター

           僕にとっての教訓そのものである映画『ギルバート・グレイプ』を見返した。その教訓、いやテーマを象徴した「水槽のロブスター」というフレーズが僕の心をつかんで離さなくなった。もちろんその要因は、10代の重く苦しい僕自身の思い出を振り起すような本当に個人的なものなのだけれど。  この映画は、重度の自閉症を持つ弟と、歩くことすらままならない極度の肥満症である母親を持つ青年の、どこにも行けない閉鎖的な片田舎暮らしを描いたものだ。外の広さを知らない彼はまさに「水槽のロブスター」であり、

          Don't laugh at my romance

          『人のセックスを笑うな』を観て胸の奥がぞわぞわする人は30人に一人くらいの割合で存在すると思う。きっと彼らは年上の女性と無鉄砲な恋に落ちた数年後に「なんだかんだあの恋は良かった」と振り返っていることに違いない。 一応見たことがない人向けにストーリーを紹介する。特筆すべきことは何もないが、19歳の美大生が年上の講師を好きになってしまい関係を結んだ後に彼女が既婚者だとわかって途方に暮れる、本当にただそれだけの話だ。 あの、どうにもならないけれど本気でいればどうにかなるんじゃな

          危険な昔話

          昔話は危険だと思う。特に、弱っているときは足を取られかねない。 ーーーーー 学生時代によくつるんでいた旧友と話したくなり、電話をかけてみた。彼女は北京に住んでいたのだが、このコロナの騒動で帰ってきているのではないかと僕は検討を付けたのだ。まさか出るとは思ってもいなかったけど、兎にも角にも、彼女は電話に出た。 とりとめのない挨拶をしてみたら、彼女は開口一番、「なんか明るくなった?」と言った。なんだよそれ、俺はいつも明るいよ。どれだけ根暗なイメージが染みついているんだよ、と

          村上春樹作品におけるある種のばかばかしさについて

          村上春樹の短編作品が結構好きです。エッセイも好きです。長編はあまり読まないかな。 世間様が村上春樹に抱くイメージは、敷居の高さ、その中でも特に仰々しい性行為の描写なのではないかとおおよ想像がつく。というか、長編作品に対しては僕もそのような印象しかない。 けれど短編集は意外と真逆で、かなりライトですよ。ちょうど、彼の描くファンタジーの世界と現実世界の間、それも限りなく後者に近いところ。あの時代の早稲田文学、って感じがします。 特に好きなエッセイが、「柿ピーと一夫多妻制につ

          村上春樹作品におけるある種のばかばかしさについて

          何もない週末

          僕はわりに一人遊びが得意である。本を読んだり映画を観たり一人で旅に出たり、まあそんなところだ。音楽一つをとったって疲れてしまうバンドを組むよりアコースティックギターを宛てもなく鳴らす方が好きだし、ふらふらと一人で大人っぽいバーだって小料理屋だって入れるし(もちろんそれなりに身なりを整えて)、そんなところで静かに隣の人の話を聞いたり、時には目の前の人と話したりね。訳もなく感傷的な気持ちに浸ることだってできるよ。 だけど最近気づいたのだが、決して一人で居るのが好きな訳じゃなくて

          感情について

          僕はつくづく愛に溢れた人間だと思う。ただその愛情を注ぐべき対象を持たないから注がないだけだ。 ワイン・ボトルは固くコルクで栓をされているから、周りに綺麗なワイングラスがあっても、ワインを注ぐことができない。きっと中身は、芳醇な香りを放つ上品な赤ワインだろう。ただ、ボトルそのものは黒くて透明度は低いから、その中身は外からだと良く見えない。 どんなグラスでもいいけれど、しかるべきグラスに注ぎたい。そのためにはしかるべきグラスが必要だし、それをやっと見つけたとしても、既に中身が

          バイアグラは美しい物語を綴れるか

          つい先日、大学時代の先輩からバイアグラをもらった。錠剤タイプではなく、舌の上に乗せるシートタイプのものである。他にどんなタイプのものがあるのかは知らない。少なくとも僕が飲んだことがあるのは、錠剤タイプのバイアグラだけだ。 以前、僕は一粒だけバイアグラを飲んだことがある。もう少しで5年前になるが、それも同じ彼に貰ったものだ。「ちゃんとした医者からちゃんとした手段で処方されたあの錠剤タイプは、当時3000円くらいした」と彼は言う。一方、舌の上に乗せるシートタイプのバイアグラは「

          バイアグラは美しい物語を綴れるか