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それでも人生には愛を

前回お世話になった美容師さんに髪を切ってもらった。

重要な選考を翌日に控えていたために髪型をサッパリしたかった、という理由のほかに、彼女に会えばその選考をうまく乗り切れるのではないか、なんて打算的なことを考えていた。

というのも彼女は、僕が知る中で最も強く、そして優しい大人だったからだ。もちろん、腕が確かだったということもあるのだが。

美容室に着くと、相変わらずオシャレな女性ばかりの空間だった。なんとなく身を引いてしまうのはいつものことだが、彼女の顔を見ると一気に杞憂が吹き飛んだ。

「今日はどんな髪型にする?」「前回と同じ感じでお願いします」という紋切り型の会話と同時に、散髪が始まった。段々と彼女は独特のリズムで会話を自分のペースに引きずり込んでいった。「伸びっぱなしだね…でもバランスは最高に良い、流石私だ」なんて一人でぶつぶつ呟いて一人で笑っていた。

最初はいつも通りゆるく会話を続けていたのだが、僕が「明日大事な面接を控えているんですよね。今日は気合入れたくて」と言うと、店内の雰囲気が一気に変わった。周りの空気が密度を濃くしたような、ある種の息苦しさを抱かせるような、重々しいものへと変わったのだ。

それ以降、彼女は一切口を開かず、淡々と僕の髪を切った。「もしかしたら怒らせちゃったかな」なんて思ってしまうほどの緊迫感が漂う。そのプレッシャーを放つ主体は、やはり彼女だった。彼女の目を盗み見ると、今まで見たことのないくらい、真剣なまなざしだった。

その後、念入りにセットの仕方や、髪型が相手に与える印象について教えてくれた。さらには激励の言葉も添えられていた。帰り際も、彼女は自信ありそうに「家出る前に玄関と台所に塩、まくんだよ!そういうのが大事なの!」と言った。

何となく明日はうまく行きそうな気がした。

愛を与える仕事。

それこそがプロの条件、なのかもしれない。

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次の日、教えてもらったセットの方法を実践し、スーツをパリッと着て、昔好きだった人に貰ったネクタイをピシッと締める。

家を出て最初の交差点。しまった!塩を振ってない、ということに気づく。時計を見ると時間が無い。しかし、このまま選考に臨むのも心もとない…ええいままよ、走って戻ろう。

急いで家に戻り、玄関で靴をいい加減に脱ぎ散らかす。台所で塩を掴む。アジシオしかないが、仕方ない。適当に振る。玄関ではさらに適当に振る。靴が塩浸しになったが、仕方ない。

そんなこんなで選考に臨んだ。結果は、不合格。

人生は甘くない。

それでも、人生には愛が必要だ。

(その前の話)

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井出崎・イン・ザ・スープ
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