「もう戻れなくなるかもしれない」と思うこと

10代の頃、僕は良く走った。ちょうど陽が沈む頃、黄昏時、耳にはイヤホンを、一昔前の曲を流して走り回っていた。

決まって川沿いを走った。広い空がオレンジ色に染まっていく様子が好きだった。水面はその光を反射し、息を切らしながら僕もその色に浸った。

それは誰にも邪魔されない静謐な時間で、今思えばもう決して訪れない静けさだと思う。僕は何も知らなかった。外の世界のことを知らず、ただ、外には沢山楽しいこと、悲しいこと、信じられないことが転がっているのだと思っていた。それだけだった。橙色に染まるこの時間が、僕の全てだった。

だから、どこまでも走ってゆける。いや、だからこそ、どこにもゆけなかったのかもしれない。回を重ねるごとに、見慣れた景色が広がっていった。知らない景色を目の当たりにするたびに、元居た場所には戻ってこれない気になった。それが堪らなく恐ろしかった。

今でも、時々「もう戻れなくなるかもしれない」と思う時がある。だけど、10代の頃のそれとは少し違う。あの頃は確かに、何かを探るように走っていた。例えば、新しいものに触れるあの高揚感、そして恐ろしさ。

今のように、何かを忘れるためでは、決してなかった。

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井出崎・イン・ザ・スープ
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