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愛をもらった日

「愛」と僕は答えた。

それは普段行き会うことができない友人からの「今から訪ねるけど何か欲しいか」という連絡に対してだ。

大学一年生の頃から付き合いのある彼は、演劇の道で食っていくと言い残し、大学4年生で早稲田大学を去った。その頃から、彼とは多忙につき中々会うことができなくなっていった。そんな矢先のことだ。

特に欲しいものは無く、どうせ彼は万年金欠なのだからろくなものは期待できなかったために吐いた冗談だった。そして僕は確かに愛に飢えていたのかもしれない。多少の気持ち悪さは否めないけれど、彼はその気の利かない冗談に気の利いた返答をしてくれた。

彼が部屋を訪ねに来た。ビニール袋を二つ下げていた。一つは、ホワイトホースというスコッチ・ウイスキーと、ウィルキンソン二本。もう一つは、近所のパン屋で買ってきたと言う惣菜パンだった。「普段お世話になっているから」という言葉も添えられていた。

僕が「愛だねぇ」と言うと、彼も「これは愛だろう」と答えた。

僕は、「学生ローンまで借りていたお前にこんな余裕あったのか」と言った。彼は「学生ローンはもうじき完済できる。最近は相当働いているから」と答えた。

彼は借金など返す様な男ではない。もっと刹那的な、破滅的な生活を好んでいたはずである。どうやら、借金を返そうと思い至ったのは同棲している彼女の影響もあるみたいだった。

僕は、もう一度「それは愛だな」と言った。
彼は「愛だろうなぁ」とは答えてくれなかった。

なんてことはない、大人になれなかった僕らの、酔払って過ごした昼下がりの話。

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井出崎・イン・ザ・スープ
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