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Photo by
m_oonote
君の髪は、少しにおう。
君の髪を撫でる。普段なら触らせてくれない、君の髪だ。
張りのない表情、少し口を開けて寝息を立てる君はとても無防備で、ひいき目にみても正直なところ、可愛いとも綺麗とも言えない。いつもの方がよっぽど良い。
ただ、とても愛おしいとは思う。だから、触れたくなる。出来るだけ控えめに、君を起こしてしまわないように。
君の髪は少しにおう。それはシャンプーの良い香りとか、湿った不快な臭いとか、そういうことではない。病気で伏す君の髪からは、おんなの匂いがする。だってそれは仕方ない、君は病気なのだから。でもそれが、僕をこの上なく温かい気持ちにさせる。
君の匂いを許すこの優しい時間に、僕は酔ってしまったのだろう。紅く染まり始めた光が5畳半の部屋に満ち、一日の半分が過ぎたことを僕に告げる。もう夜だし、早く起きないかな。でも、もう少しだけ浸っていたい。そんなことを考えながら、いつまでも起きない、いつもの可愛らしさを失った君の愛おしい髪を、僕は撫でていた。
女性の髪の美しさがどういうものなのか、僕にはわからない。艶とか潤いとか、しなやかさとかのことだ。ただ、無防備な君の髪を撫でているこの瞬間は、世界でいちばんやさしい時間だと思う。
今の君は病気で、決して艶とか潤いとか、しなやかさとかを感じさせる髪は持ち合わせていないのだろう。けれど僕にとって、君の髪はいちばん、優しくて温かくて、美しいと思う。
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