日本語教師の人たちが言う「多様性」って概ね言語的文化的な多様性に終始してるように思う。むしろ、それ以外の学習者の多様性については割と無頓着だったり、忌避していると感じることさえある。ちなみに、学習/発達障がいには比較的関心が高いようにも感じる。責任回避と排除のツールとして。
日本語教育の問題、外国人労働者の問題、外国人児童生徒の問題、いつも関わっているから、大きな問題だと思うけれど、社会からみたら、周辺の周辺にある問題だって言うちょっと冷めた目線も持っていないといけないんだよね。