心が満たされるにはどうすれば良いのか。「フルカップ理論」を考えてみる。
みなさん、こんにちはよしポンです。今回は、『絶対内定』シリーズで述べられているフルカップ理論について考えていきます。
フルカップ理論とは人間の心の状態をコップの水で表したもの
人間、心が満たされていると余裕を感じます。心が満たされていないと、僕のように無い物ねだりの毎日です。ましてや、人のことに心を配る余裕はありません。
「フルカップ理論」とは、心の状態をコップの水で表現した理論です。コップの水が満たされていないと自分のことで精一杯ですが、コップから溢れるほど水が満たされれば心が満たされて余裕が持てる考えです。
※出典元を探したのですが、見つかりませんでした。調べるとブラジャーばっかりでます。
心を満たされていない状態とは
自分に余裕がない場合は何にも手につきません。今の僕は、余裕が全然ないので、暇なんだけど、やらなければいけないことをできていない、やろうと決めたことをやれていません。
人間関係も同じことが言えます。家族、職場、友人と信頼関係が築けていなかったり、愛情を感じていなかったり、意地悪な態度を取っている状態では誰だって心のコップは満たせません。
コンプレックスも同様です。どこかで他人に劣等感や偏屈に思っていないだろうか。
僕の場合もそうです。どこかで他人のことを妬み、偏屈に感じています(不思議なことに、ストレスは感じていません)。
心を満たすにはどうすれば良いのか?
心の余裕を作るには、自分の欠点を素直に認めることです。自分のコンプレックスや自分の短所など、素直に受け止め、認めることによって、視野や価値観が広がります。
次に他人を認めることです。両親や恋人、友達など、誰にでも欠点はあるものです。自分が知るよしもない事情を想像し、内包してあげるくらいの心で接する。
理論上では、コップに水が満たされ、自分にも他人にも心から優しくすることができます。あくまで理論上です。
みんなのカップが満たされているわけじゃない
理論上では、自他共に優しくなったときに心が満たされるわけなんですが、世の中には、意地悪な人、平気で他人を蹴落とす人など、道徳心のカケラもない。とにかく色んな人がいます。
そんな人たちとも接していかなければなりませんから、自分の心をフルカップにするのはとっても難しいことです。世の中に対して億劫になってしまう理由の一つです。
なんで他人を攻撃せずにいられない人がいるのか、未だに理解に苦しみますが、このフルカップ理論で言えば、コップが水で満たされていないからでしょう。。みんなの心が満たされていれば、最高の世界です。
昨今の新型コロナの蔓延により、自粛生活が強いられています。旅行代理店や、ホテル業、飲食店は失業・倒産と隣り合わせ、大学生は生活費に喘いで、退学者、休学者も絶えない。ストレスフルな毎日を送っていることでしょう。
ですから、みんながみんな、心が満たされているわけではありません。「フルカップ理論」の欠点は、全員に適用できない点です。
自分の心を満たせば、周りの心も満たされる
どんな状況下であれ、自分の心は満たすことはできるはずです。これは僕が考えたことですが、自分のカップが満たされれば、他人のカップも満たすことができます。
ドバドバと水が溢れれば溢れるほど、それを他人のコップに分け与えることができます。少なくとも自分が幸せなら、他人も幸せになれる考え方です。
大人になっても不安はついて回ります。だから人生を楽しく生きていくことに専念する。自分が楽しければ、周りも楽しくなります。
フルカップ理論は短絡的で、全員に適用が難しいですが、少なくとも知っている僕にはできます。もっと心から幸せな毎日を渇望したいものですな。
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