上間陽子 『海をあげる』 : 私は、他人を十分に思いやれる人間などではない。
書評:上間陽子『海をあげる』(筑摩書房)
『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』は、沖縄という父権社会の弊害から様々な理由で若年出産し、夜の街の仕事につきながら子育てをしている少女たちへのインタビューをまとめた、記録報告的なエッセイ集だったが、単著の2冊目となる本書には、そうした明確なテーマはなく、幼い娘の成長する姿を描きつつ、著者がその時々に考えたことを綴ったものとなっている。
なお、本書の再版用の帯には、
などと列挙されており、本書の評判の良さが窺われるが、本書を読了した後だと、かえって何とも言えない、虚しい気持ちになってしまう。
というのも、本書が、こうした賞を受賞したのは、きっと本書が「より多く感動消費された本」だからだというのが、透けて見えるからだ。
例えば、Amazonカスタマーレビューに、レビュアー「冬山をかり」氏は「沖縄についてより深く考えるきっかけに。」というタイトルで、
と書き、レビュアー「山下宏」氏は、「皆に読んで欲しいです。」というタイトルで、
と書いているが、具体的に何をするかは、これから考えるようで、ここには何も書かれていない。
もちろん、このお二方は、まったく誠実な読者なのだと思うのだが、しかし、お二方自身が書かれているとおり、物事を「自分の事として」考えるとしたら、沖縄県人以外は、それぞれに、沖縄のこと以外にも「考えねばならないこと」が、山ほどあることに気づくはずだ。
例えば、今なら「ウクライナ戦争」の問題もある。それに伴う「防衛費の増額」の問題もある。「ヘイト」問題もあれば、「外国人労働者の奴隷労働」の問題もある、「入管」問題もある。あれもある、これもある。一一これらはすべて、日本人として、無視していい問題ではない。
そこへ、本土人としては、米軍基地を長らく沖縄に押しつけたままにしているという現在進行形の事実から、決して、普天間基地の辺野古沖移設計画の問題だって無視できない、という負い目がある。だから私も、高橋哲哉の提案に賛成して「米軍基地の本土移設」案を支持している。
だが、無名の私が、それをしたところで何になる、という無力感は禁じ得ない。
しかし、だからこそ私は、多くの「問題」への関心を持続させ続け、せめてもの「痛み」と「負い目」を持ち続けようと努力している。
気休めだとわかっていても、いまだに「パレスチナ問題」関係の本を読んだりするのは、忘れてしまいたくないと思うからだ。
本書には、次のような、象徴的な出来事が紹介されている。
上間のここでの苛立ちは、手に取るようにわかる。
どうして人々は、そうも「他人事」なのか。
「怖い」とか「すごい」とか、どうして「感動」しかない、のか。
どうして、その事実を「自分の事として」考え、当事者に思いを致すことができないのか。思いを致して、苛立つことにならないのか。
どうして、この本に、麗々しく、
なんて「帯」を巻けるのか?
一一無論それは、所詮は「他人事」だからだ。
この本を読んでいながら、この本が語っていることをまったく理解しないまま「感動消費」するだけの人が多いからだし、そんなお客さんが大勢いることが、商売としてありがたいと、そう本気で思っている人、そのことにしか興味のない「良い人」が多いからである。
こんな世の中に絶望して自殺した、マーク・フィッシャーの気持ちが、痛いほどわかる。
だから、上間と同じように、そんな世間に向けて、毒を吐きたくなる。
無論「そう言っている、お前自身はどうなんだ? 所詮は、われわれと同じ穴のムジナではないのか?」と反問されて、そんなことはないと、自信を持って言い返せない自分であることも、わかっている。
だが、だからこそ、そのように言われる立場に立ち続けることで、私は「当事者」の痛みを、少しでも感じていたいと思うのだ。
単に「正論」を語るだけなら、上間に「すごいね、沖縄。抗議集会に行けばよかった」と言った、無神経な指導教官にだって、殊勝な「正論」が語れるだろう。「私たちは、自分の事として考えなければならない。そして行動しなければならない」と。
少なくとも私は、この指導教官のような、無神経な言葉を発するような人間にはなりたくない。
そんなものになるくらいなら、「本土の人間として言わせてもらいますが、本土人の9割はクソですし、沖縄人の9割もクソなんですよ、残念ながら。そして、この世の中は、クソのなすりつけ方が上手で、ウケの良い言葉を、あるいは感動的なエピソードを、臆面もなく語れるような図太い人の方が、出世するようにできているんです。だから、私は出世できなかったでしょうね」といった、挑発的な「憎まれ口」を発している方が、まだしもマシだと感じられるのだ。こんな言葉は、いまどき、決して「商売」になどならないのだから。
(2022年12月21日)
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