ε-δ論法が、「論法」であるということ。つまりは、数学的対象が実在として、有る、存在するというのではなくて、それは、ただの、論法の問題に過ぎないのかもしれないということ。つまりは、数学というのは実在ではなくて、ただの、そういう「お話」に過ぎないということ、なのかもしれない。
あなたが今 そこにいる 愛が今 そこに在る
自分と他者、こことどこか、別次元やパラレル、過去や未来、原因と結果、手段と目的、善や悪、神や悪魔、あの世とこの世,etc. 今、わたしが言ってることも含めて、ぜんぶ【明らかに実在していないモノ】について語ってる笑 ぜんぶ【概念】【頭の中】 《明らか》に【ない】じゃんね笑
記事公開/松永K三蔵『カメオ』論ー不在と実在ー 松永K三蔵さんの、『カメオ』に関する論を公開しました。少し前に書いたものですが、ネタバレはほぼありません。『バリ山行』論は、太宰との系譜で論じましたが、『カメオ』は、不在と実在、というテーマで、述べました。本当に、面白い小説です。