【記事タイトルこぼれ話】 大学の講義、「総論」と「各論」に分かれてる場合、基本的に各論のほうが面白かったな……と思い出しながらつけました。総論を履修しないと各論を履修できなかったりとかもあったな……。
毎回電車でモノを考える事は多い。人間は考える葦であるというとご大層だが、悲劇的にモノを考える事に関しては人は長けている。というか、ポジティブにモノを考えるのは実にカロリーを遣う。何にも考えたくないときは、自分はサワヤンチャンネルを観る事にしている。エガちゃんねるも観る。
「総論賛成、各論反対。」 森林伐採批判は賛成だが経済への影響は困ると言う人々をこう評した哲学者の内山節氏(先日の『サンデーモーニング』)。この言い回しはよく使われるが、特に「総論賛成」は聞こえはいいが正確には「建前」で、総論も各論もなく本音は反対だと言うべきだと常に思う。
ポールクルーグマンのテキスト読んで、ふと思うのだが、経済学は自然科学よりの社会科学と考える、そりゃあそうだ。だが、実際理論と現象がマッチする事がない。カオティックな現象には仮象に当てはまるとされる理論が帯に短したすきに長しである事が多い。リサーチの仕方の違いかもしれないが。
原発の再稼働を巡って、凄まじい応酬が繰り広げられているのは、事実原発反対派の電力維持確保のノープランぶりから始まると言われている。原発の保有する電力があれば、今回のような電力需給ひっ迫にはならなかったろうと。しかし、そのリスクは当然背負ったうえでの議論である事も忘れる勿れ。
子どもとゲームの関係性について、様々なご意見がある。こういう時、データで示すのが良い。ゲームにハマり、勉強が疎かになるというのは、両者をトレードオフで考えているからという見解もある。子どもは暇ではなくなる。まず、時間を作りながら親子で学業を考えるといい。
学ぶ事は楽しいか否かというネット記事を拝見。大学特任教授の山口真由先生が言うには、楽しいと言っている内はまだやり込んでないらしい。因みに俺は周りで学びが楽しいと言ってる人はいなかった。ランナーズハイみたいなものかもしれない。究めると楽しいと思い込むのかも。