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小説、エッセイなど

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書いた小説、ちょっと長いエッセイをまとめています。感想いただけると飛び跳ねて喜びます。
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#大学生

祖父との時間 再掲

祖父との時間 再掲

「湯たんぽ、お母さんのところに3つ入れてあるから、いらなかったら持ってきて」
祖父はそう言って、自室のある二階へと上がった。



秋が深まり、水分を失った葉がかさかさと掠れる音が鳴る時期から、祖父の仕事がひとつ増える。
湯たんぽを入れて、布団に運ぶ仕事だ。
別に役割分担があるわけではないが、祖父はその仕事を当たり前のようにやってくれている。
祖父の仕事は他にもある。
お風呂を沸かすために石油は

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もう一度過去に触れて、優しさの意味を知る。

もう一度過去に触れて、優しさの意味を知る。

過去は美しい。
記憶のなかで、わたしを取り巻く人たちはみな美しい。
屈託のない瞳で笑いかけ、
淀みない声で私をそばに引き寄せてくれた人たちの、神聖な美しさ。
そして、その美しさは時折、冷たく鋭利なガラスの破片で過去のわたしの頬に傷をつける。
やさしい、やさしいひだまりの片隅に
醜い、醜い私がそこにいる。冷たい血を流して。

過ぎし日の自分の幼さと、月日を重ねてから対峙することの絶望。
どれほど悔い

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恋も揺れ、愛も揺れ。

恋も揺れ、愛も揺れ。

幸せになるために必要なものなんて、最小限のはずなのに。
それを抱きしめて生きることがどれほど難しいことか。

少し冷えた冬の日。
滲み始めた星が、風に吹き飛ばされそうな夜。
駅に向かうあなたの背中。追いかける私の弾む肩。
手を伸ばせばすぐに届く距離だった。
あなたのシャツの裾を握りしめるなんて、容易いことだった。

だから、手を伸ばさなかった。
そんな、理由で。
今では、もうどんなに手を伸ばしても

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音にはしないけれど、届いて欲しいこと

音にはしないけれど、届いて欲しいこと

失うことを恐れながら、失いたくないと震えながら
何かを、誰かを所有しているよりも、
いっそ固執せずに、自分のもとから手放して、
カゴには、鍵をかけないで、
失った痛みとともに、過去を慈しんで、懐かしんで、
思い出を呼び戻して、思い出と歩いていきたいような夜。

独りの自分を抱きしめて
遠くのあなたを思い遣りながら生きることの方が、
もしかしたら、もしかしたら
ずっと、ずっと
愛なのかもしれないと思

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君がひとつの空気になって

君がひとつの空気になって

あなたが顔をくしゃっとさせて笑うとき、いつもあなたの周りには春風が吹いていた。
あなたはいつも私の春だった。
あなたといれば、私も春の空気の一部になれた。
あたたかくて、誰も傷つかない世界の。

君とは、
つまらない、くだらないことでよく喧嘩したね。
だけどさ、根っこの部分、本当に解り合えない部分には、お互い棘を刺さなかった。
解り合えないことを分かっていたから、そこは目を伏せて、解り合えそうなこ

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Photograph in my life

Photograph in my life

写真を撮る。
写真を撮られる。
写真を撮ってもらう。
写真を撮ってあげる。
写真に映る。
照れるあなたの袖を引く。
写真に映す。
あなたとの時間を。
シャッターを切る音が鳴るたびに、
その瞬間は明瞭な過去になっていく。

ー---------ーーーーーーー-----

カメラを向けられたときに何を思うか。
早く撮ってくれと思うのか。
何でこのタイミングでと不平を言うか。
もしくは思考停止した頭で、

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できないフリをするのが巧くなる大人たちへ

できないフリをするのが巧くなる大人たちへ

 こんにちは、おひさしぶりです。
ずいぶんと長いこと、noteを書くことから離れてしまったことに理由づけをするとしたら、あれこれといくつも浮かんできます。
課題は多すぎたし、アルバイトもあったし。それに、あれもあったし、これもあったし。大変でした、ほんとに。(冗談はこのくらいにします。)
 さて、そうやって、できない言い訳を重ねる「自分」が、いつから私の一部となってしまったのだろうか、今そんなこと

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川越の夜 冬

川越の夜 冬

これから記すのは、一昨年の冬の記憶。

川越駅で電車を降り、ショッピングモールに向かって歩く。

乾燥した空気を肌に受けながら、知らない誰かを抜き去り、また他の誰かに抜かれていく。

スマホを見ながら器用に歩く大人たちの人混みに流されるように、改札をくぐり帰路へつく。

寒さが、痛い。

マフラーを2周、ぐるっと首に巻き付け、余りはマスクの上にも巻いておく。

念には念を。

マスクとメガネ、そし

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ショートエッセイ ~梅こんぶ茶とウーロン茶~

ショートエッセイ ~梅こんぶ茶とウーロン茶~

 似て非なる言葉というものは、ときに人を惑わせる。
昼時のディーラー。着席と同時に「お飲み物いかがですか」と感じのよいスタッフに言葉ををかけられた。いかがですかと言われれば、ほとんどの人が飲むと思う。温かい飲み物と冷たい飲み物の一覧が書かれたメニュー表。その表の右上、吹き出しのポップに書かれた夏限定ドリンクの、ラムネとピンクグレープフルーツジュースが一際目を引いた。けれど、そんな洒落た飲み物がかす

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長月の残月に手を伸ばす

長月の残月に手を伸ばす

今日、朝目覚めたとき。

いつもと何かが違っていた。

布団のなかで現実と夢とを行き来しながら、もがくように動かす腕や足が何やら軽かった。

上半身を起こす勢いを使って布団を半分に折りたたみ、重力に従って再び身体をベッドに預ける。

ばふっという音と共に身体は沈み込む。

その姿勢のまま両足を上に向け、ばたつかせる。

奇怪な行動ではなく、もちろん理由がある。

そのあと、眠い頭でブリッジをした。

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月見パイ

知らなかったわけじゃない。

駅を出て、階段を下る。

とにかく、あの階段を早く駆け下りるのが習慣だった。

急いでるときはもちろん、さして急いでないときも。

のんびりマイペースな私は、そんなところばかり生き急いでいた。

予備校までの道のりのなかに、そのチェーン店はあった。

店の前に掲げた大きなフライヤーは、その時期限定の商品を宣伝している。

「月見」

紺地に映える鮮やかな黄色を横目で盗

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One scene of my youth 恋とか愛とかまだ分からないけど

One scene of my youth 恋とか愛とかまだ分からないけど

思えば、彼はよく気がつく人だった。

また、彼は大雑把に見えて、実は真に細やかな人でもあった。

そして、そばにいる人に安心感を与え、欲しいときに欲しい言葉をくれる人でもあった。

そのくせ、私のためにならない優しさは、決して与えなかった。

溶けるほどの愛情を注ぎながらも時には、苦しい表情で突き放す。

時折見せるそんな大人びた表情が嫌いで、そして何よりも尊く感じた。

馴れ合いに走らない彼の心

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小説 「星の灯火」

小説 「星の灯火」

 「50憶年後に地球がなくなるっていうのは、もうはっきりしていることらしいね」

地学の授業、終了間際の20分。テスト前の長めの自習時間。

地殻とかマントルとか、そんな固有名詞の暗記に躍起になっている私たちを、妨害する大きな独り言。

先生には、テストでいい点を取らなければいけない受験生の重圧なんて理解できないのだろうか。

暇つぶしがしたいのか、性格がねじ曲がっているのか。

思い出したように

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