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ストーリィドロップス

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不定期マガジン「ストーリィドロップス」 ちょっと何か読みたい時に、小粒な短編小説集。
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2021年6月の記事一覧

蜘蛛と琥珀

蜘蛛と琥珀

 蜘蛛は琥珀を恐れていた。何故ならかつて、その夕焼け色の牢獄に、自分と同じ姿の蜘蛛が閉じ込められているのを見た事があるからだ。

 彼は食う者であったが、食われる者であった試しはなく、また捕われたことも無かった為、それがとても恐ろしかったのだ。

 蜘蛛は琥珀色の夕焼けを恐れた。どうして陽が琥珀色になるかをその蜘蛛は知らなかったが、兎も角、朝と夜の境目のほんの短い時間だけ世界が琥珀色になる事を知っ

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造花の花園

造花の花園

 いつか夢で見た造花の花園が、私の記憶にあまりにも美しく痣を残したので、記憶に彫り込まれた痣をそのまま現実にする事にした。タトゥーを入れるのと同じ理屈だ。アレは言葉や景色の痣を体に刻み込むということ。それと同じ事を私は自宅の庭で行う事にした。

 色とりどりの薔薇の造花、レンガと白い柵を大量に買った。仕事をしながらだったので、花壇が完成するまでに数年も掛かってしまった。
 花園、と呼ぶにはあまりに

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渇いた小海老

渇いた小海老

 小さな海老を飼った。いつの間にか死んでいた。
 飼った瞬間は海老の事を好きだと言っていたのに、彼らはいつの間にか死んでいた。

 小さな小瓶には海老と一緒にマリモも生きていた。そしていつの間にか死んでいた。好きという感情も一緒に枯れ果てていた。

 またか、と私は目の前に小瓶を持ち上げた。

 好きって何だろうって死骸に問いかけた。
 長続きしなきゃいけないのかなって死骸に問いかけた。
 貴方が

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きれいなこどくに しんでいく

きれいなこどくに しんでいく

 今日隕石が降ってくるそうだ。それも結構大きめの奴。息も絶え絶えのニュースキャスターを尻目に、自分は立ち食いチェーン店の天そばをかっ喰らっていた。
 
 そりゃまぁ、急だなぁ、とは思ったよ。朝に突然「お母さん!今日遠足があるんだ!」って告げてくる小学生くらい急だな、とか思った。そんな急に準備出来ないわ‼︎ってね。

 でも、まぁ、私は…まぁ、うん。『そうだよね』って思った。
 煮え切らないかもだけ

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ミミズクさんの聞き上手

ミミズクさんの聞き上手

 ミミズクさんは聞き上手です。
 彼は今日も、人の曇りに耳を澄まします。

「ミミズクさん、何処からきたの?」
 彼は首をこてん、と傾げます。
「ミミズクさん、どうして夜は暗いんですか?」
 彼は首をこてん、と傾げます。
「ミミズクさん、私の明日の予定は?」
 彼は首をこてん、と傾げます。

「ミミズクさん、今日の大学の講義の内容が分からないよ。」
 彼は首をこてん、と傾げます。
「ミミズクさん、

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海月記

海月記

 私の友達の悠樹は、頭が良かったのです。
 彼は全てを単調に感じていました。
 彼は多くの事をシンプルに説明する事に長けており、また彼は多くを知っていました。私も彼に多くの事を教わったものです。
 他方、悠樹は無限を求めていました。魔法という言葉をしきりに口にし、「無限の魔法の正体を突き詰める為に学んでいるのだ」と言っていました。

 私にはその言葉の本意は分かりませんでしたが、彼が何かを強く求め

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たいむとらべる

たいむとらべる

 とある目的を果たす為に左回りの時計が必要だったのだが、それは世界各地からごっそりと売り切れてしまっていたので、僕は仕方なく代わりのタイムマシンを作る事にした。

 豆腐の角を少しくり抜いて、タンザナイトの粉末を振りかける。牛の革でそれらを擦り合わせて、その革とiPhone■■の中の基盤を適当なコードで繋ぐ。これを2セット用意する。

 最後に蛍光灯の両端に1セットずつ、牛の革を押し付けると蛍光灯

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びぃ玉のりゅう星

びぃ玉のりゅう星

 ガラス玉とかびぃ玉ってさ、子供の頃の自分にとってはそれ以上無い宝物だったのよね。

 子供の頃は気まぐれなタイミングでびぃ玉が欲しくなって、それで「びぃ玉ほしー」ってお母さんに頼むと、夜には持ってきてくれるんだけど、ソレ、毎回綺麗にラッピングされてるの。

 私が「そのびぃ玉どうしたの?」って聞くと、「近所の河原から取ってきたのよ」なんてお母さんが返すから、高校生になるまで「びぃ玉」って何か分か

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霧を歩く

霧を歩く

 僕達は霧の中をずっと歩いていた。何を求めて歩いているのかも分からず、ただ彷徨っていた。行きたい方向があったのかも分からない。それでも何となく、こっちが良いかな?って方向に進んでいた。

 途中で霧の中からぬっと現れた人が、僕達と一緒に歩く事になった。そういう人は一人や二人じゃなく、いいよいいよと言っているうちに、一緒に歩く人数が多くなった。

 そのままでは歩きづらいので、一列に並んで一緒に歩く

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見ていたもの と 見えたもの

見ていたもの と 見えたもの

 私は現実ではない物を見ていた。私が見ていた物は魔法で、嘘だった。存在しない物だった。

 私が見ていた物を再現する為に、私は学んだ。何でも食った。勉強が嫌いなどと言ってられなかった。自分で自分を洗脳して「勉強が好き」と思い込ませる事で、身体を勉強に向かわせた。
 哲学、建築学、数学、文学、物理学、言語学。雑に食って「これも違う」と捨てて、学問を無礼にも食い荒らした。必要な所だけを、文脈を殆ど無視

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DIVE.

DIVE.

 海の澄んだ青に身を浸す度に、自分が何処までも広がって拡散される。そんな心地よさを感じていた。

 空も蒼い。海も青い。自分の血さえもその時だけは碧くなって、世界中に広がる水という水のその全てに自分が少しずつ混じるような感覚。

 その瞬間だけ、間違いなく自分は人間ではない。そして人間という狭量な世界の、その全てから解け出して逃げられる。

 そうやってただ海に横たわっていると、周りの空気が肌を撫

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雀さんぽ。

雀さんぽ。

 久しぶりに時間が出来た。そんな時、私はお菓子のポッキーと共に近所の公園を散歩する。
 ポッキーをチマチマと食べながら、舗装された道、木漏れ日が揺らめく樹の下を心地よくふらめいていると、一羽の雀が声を掛けてきた。

 「お散歩ですかい。」
 「えぇ。久しぶりに暇ができた物で。」
 顔馴染みの雀だった。最近離婚したばかりだそうだ。
 「よければタバコを一本。」
 「もちろん。」
 タバコとはポッキー

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