造花の花園
いつか夢で見た造花の花園が、私の記憶にあまりにも美しく痣を残したので、記憶に彫り込まれた痣をそのまま現実にする事にした。タトゥーを入れるのと同じ理屈だ。アレは言葉や景色の痣を体に刻み込むということ。それと同じ事を私は自宅の庭で行う事にした。
色とりどりの薔薇の造花、レンガと白い柵を大量に買った。仕事をしながらだったので、花壇が完成するまでに数年も掛かってしまった。
花園、と呼ぶにはあまりにこぢんまりとしていたけれど、それでも満足だった。
虹のように各色で層を作りながら、土の上に整列する造花が、数年経っても変わらずに愛おしかった。
花壇を眺めていると、ふわりと蝶が舞って、造花の上に止まった。
彼女は何をしにきたんだろう。蜜も何もない造花の上で、彼女は何をしているのだろう。
彼女もまた、命無い物の美しさに魅せられた外れ者なのだろうか。
「どうにも私達はおかしな生き物達だね」、と笑い合うと、蝶は何処かに飛んで行ってしまった。
彼女はきっと、自分が美しい「生き物」であると知っていたのかも知れない。
「命無い物の美しさは分かるけど、『美しくない生き物』とは一緒に居たくない。」
そういう事かも知れない。失礼だったかな。
でも、もし蝶の彼女がそう思ってるんだったら、私は声を大にして言いたいことがあった。
「私はかつて見た夢の中で、造花だけを美しいと思ったんじゃないんだよ。造花を植える土や、それを見ている私も含めて、『命の有無が境界なく溶けて混ざり合っているその世界』の事を、美しいと思ったんだよ。」
僕達は、誰もが美しい。
生きていようと、居なくとも。
誰だろうと、なんであろうと。
薔薇の造花が風に揺れていた。私の記憶に痣がまた増えた。