マガジンのカバー画像

短編小説・ショートショート

66
ショートショートは2000字前後まで、短編小説はそれより長めの読み切りです。
運営しているクリエイター

#眠れない夜に

【短編小説】ふたつのH(エイチ)

【短編小説】ふたつのH(エイチ)

「あ、社長、おはようございます。今日は早いんですね」

「佐伯……お前だけか……」

「えっ? 何がです?」

「みんな死んだ。流行りの伝染病で」

「そ、そんな……」

「昨日、急に風向きが変わっただろ。それでやられたんじゃないかって近所中で言ってるよ」

「そう言えば、ここに来るときに、いつもより救急車が多かったような……」

「だろ? でも、なんで俺たちだけが残ったんだろうな」

 社長の香

もっとみる
【ショートショート】持続可能な共同体

【ショートショート】持続可能な共同体

自治区の住民「祭りだー! みんな踊れー!」

ある新興国家の外部調査員「何だこの祭りは、みんな好き勝手に踊ったり爆竹を鳴らしたりして、まるでカオスだな」

自治区の広報担当「1年に1度の大イベントですからね。海に囲まれたこの自治区では、住民の大半が漁師なのですが、祭りの期間は漁に出ることが禁止されているのです。娯楽の少ないこの地では、全住民、この祭りで日頃の憂さを晴らすのです」

自治区の警察「祭

もっとみる
【ショートショート】夏の日の冒険

【ショートショート】夏の日の冒険

 中学生になってから初めての夏休み、吉男はクラスメイトの太郎の家に遊びにきた。

「おっす吉男、入れよ。今おばあちゃんしかいないんだ」

「そうなんだ、おじゃましまーす」

 ──ああ、クーラー気持ちいい。

 吉男が靴を脱ぎ終わると、太郎が小声で、

「いいもん見せてやるよ」

とにやけながら言い、玄関から入ってすぐ右手にある襖を音を立てずに少しだけ開いた。

「ほら」

 太郎に言われるままに

もっとみる
【短編小説】不可抗力

【短編小説】不可抗力

 引っ越しの準備が終わったので、淳一は母の見舞いに行くために夕方ちかくに家を出た。
 駅に向かう道の途中にある国道の交差点の歩行者用赤信号は長い。車が来ないので渡ろうと、横断歩道の手前に停まっているトラックの前面を通り過ぎた瞬間、トラックの影から現れた車に危うくぶつかりそうになり、その場に立ち尽くした。車も少し脇に逸れたが、スピードを落とすことなく走り続け、みるみる車道の左側に寄って行き、歩道に乗

もっとみる
【ショートショート】正義の人

【ショートショート】正義の人

「お腹が痛いよう、死んじゃうよう」

 UFO美が買い物から帰ってくると、義母が畳の上でお腹を抑え、痛い痛いとのたうち回っている。今までこんなに痛みを訴えたことがなかったので、UFO美は大変なことが起きているのかもしれないと思い、夫も不在で相談できないので、119番にかけた。

「お義母さん、すぐに救急車が来ますからね」

 子どもが駄々をこねるように転がり回る義母を見ながら、UFO美の脳裏には、

もっとみる
【ショートショート】先生、久しぶり!

【ショートショート】先生、久しぶり!

ハヤオ「この3人かな?」

ヒメコ「そうみたい」

サトシ「よろしくお願いします」

ハヤオ「ほら、あの門のそばにピカイッチー先生がいるぞ。卒業式が終わって生徒を送り出すところみたいだ」

ヒメコ「……行ってみる?」

サトシ「ちょっと待ってください、遠隔で先生に暗示をかけます」

ハヤオ「そっか! 忘れてた」

サトシ「…………よし、これで先生が僕たちを見ても変に思わないでしょう」

ヒメコ「1

もっとみる
【ショートショート】実行

【ショートショート】実行

 あの人の香りがした気がして振り返ったが、誰もいなかった。楡の木の下でギターを弾いていた長髪の男が忘れていったナイフを手に取ると、殺風景な黒い柄に、みるみる渦巻き模様が刻印されていった。これがあの人の好みなのかな……と思いながら、こんなにも容易く道具が手に入ったことが嬉しかった。
 家に着くと兄が出かけるところに出くわした。

「どこに行くの?」

「…………」

「その格好、仕事じゃないよね」

もっとみる
【ショートショート】女の会話

【ショートショート】女の会話

AとB「乾杯!」

A「お昼から飲んでるなんて、私たちってどうしようもないわよね」

B「"鬼の居ぬ間に"ってね」

A「その鬼も黙認してるようなものだけど」

B「男って本当、寛容よね。細かいことが見えてないっていうか」

A「そうそう、手懐ければこっちのやりたい放題」

B「女って欲深いわよね」

A「そうね、親の財産の管理なんて、大体娘がやってるしね」

B「遺産で揉めるのも、大抵女同士」

もっとみる
【短編小説】ズワイガニ

【短編小説】ズワイガニ

 ──うわ、ママのヤツ、来やがった。

 年が明けて最初の授業参観日、高校1年の太郎は、母に絶対に来ないようにと何度も念押ししたにもかかわらず、ばっちりメイクをして着飾ってきたド派手な母親が教室の後ろのドアから入ってきたのを見て、ため息をついた。ドギツい香水が一番前の席の太郎の元へも届いたので、見る前に気づいたというのが正しい。この母を持ったお陰で、今までどんなに恥ずかしい思いをしてきたことか……

もっとみる
【ショートショート】オスとメス

【ショートショート】オスとメス

「来てたのか」

「遅かったわね」

「ししゃもを2匹手に入れたよ」

「ししゃもか……私、卵が苦手」

「君の好きなオスもあるぞ、ほら」

「えっ! 本当? 嬉しい……美味しい」

「俺は卵が好きだ……うん、うまい」

「口元に付いてるわ。舐めてあげる……卵の味」

「ははは、くすぐったいよ……結婚しよう」

「ええ」

 次の日、C国から輸入されたししゃもで食中毒が大量発生とのニュースが世間を

もっとみる
【ショートショート】メッシ

【ショートショート】メッシ

太郎「吉男くん、お待たせー」

吉男「太郎くん、行こっか」

太「うん。はあ、塾行きたくないなあ」

吉「僕もだよ」

男「君たち、塾に行きたくないのかね?」

太・吉「おじさん、誰?」

男「名乗るほどの者ではないよ。なぜ行きたくないのかね?」

太「だって、お腹空くし」

吉「遅く帰ってからも、塾の宿題が終わるまで眠らせてもらえないし」

太「僕たちは4年生だけど、寝不足でクマができてて、パン

もっとみる
【ショートショート】良い兆候

【ショートショート】良い兆候

カウンセラー「じゃあ君は、昔プラトニックな付き合いをしていた恋人と、昨日見た夢の中で、体を求め合ったということかい?」

A子「そうです」

カ「そのことについてどう思う?」

A「ええ……やっとここまで来たなという感じです。これでやっと癒されたのかな、と」

カ「別れてから間もないころに見た夢では、目も合わせてくれなかったと言っていたね」

A「はい。そもそも彼ひとりで出てきてくれなかったんです

もっとみる
【ショートショート】冷たい現実

【ショートショート】冷たい現実

 老婆が死んだ。戦争で早くに夫を失い、辺鄙な田舎ゆえに、子どもも1人、2人と去って行った。完全なる孤独の中の死──。車椅子に座ったまま、テーブルに伏して亡くなった彼女の手元には、いつ書かれたとも知れない手紙のような1枚の紙が置かれていた。

『待ちくたびれて、何を待っているのかさえ忘れてしまった。待つということが生きる糧になっていた。それは瞬間瞬間で変わった。私はつねに幻影の中に遊んでいた。あると

もっとみる
【ショートショート】無知のざわめき

【ショートショート】無知のざわめき

 なぜこんなことになっているのか──。
 暗い伽藍堂に閉じ込められた我々は、はるか上部の細長い長方形の穴から射し込まれる光だけを頼りに生きている。しかしその光も明るくなったり、形が分からなくなるほど暗くなったりし、この空間全体を見渡すには、全くもって充分ではない。果たして、どれほどの大きさのスペースにどれだけの生き物たちがいるのだろう。
 やっかいなのは、その長方形の穴から、時々円盤が落ちてくるこ

もっとみる