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死のソムリエ

今回は、自殺と自殺幇助について。

幇助(ほうじょ)とは、助けること。

刑法62条「正犯を幇助した者は従犯とする」。自殺にはこのシンプルな話が当てはまらない。

日本には自殺自体を処罰する法律はない。一方、他人の自殺に関与した人は、自殺教唆などの罪に問われることがある。


まず、自殺が罪に問われない理由から。

・責任能力がなかったとする考え方

刑法199条「人を殺した者は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処する」。自殺は自分という人を殺す行為である。この殺人罪の条文にあたらないのか。刑法にて人を処罰する際は、責任能力が認められる必要がある。要するに、自殺する時の精神状態がまともなわけがなかろうということ。

・生命の自己決定権とのかねあいから、違法とはされないという考え方

自己決定権:個人的事柄については、公権力に干渉されることなく、自ら決定できる権利をもつ。自殺を違法としてしまうと、生命の自己決定権を侵害しかねない。自殺を完全に違法とするのは憲法の考え方と一致しないだろうということ。

・自己決定により、法益性・違法性が減少するという考え方

法益:法律によって守るべき利益のこと。刑法では、違法性の根拠を法益性に求めることが多い。人が自分の意思決定により自殺を図る場合、自殺者の命を法律で守る必要性(法益性)は減少すると考えられている。

大前提。自殺が既遂(きすい。なしとげたこと)であれば、被疑者死亡で起訴・処罰することはできない。


次に、自殺は罪に問われないが、他人の自殺に関与すると罪に問われる理由。

・自殺自体が違法であるため、自殺のサポートは共犯にあたるとする見方

・自殺は違法ではないものの、他人の意思決定に関与し生命を奪う行為は違法であるという見方

この2つの見解がある。

他人の自殺をサポートする上で、現在合法なのは、延命治療を拒む尊厳死だけである。尊厳死であると認められるためには、本人の余命が短く・苦痛が甚だしい状態でなければならない。健常者の安楽死を補助することは、日本では、違法。

関連回。日本語の情報で、この事件に関してここまで詳しく伝えているものは、他にないと思う。興味があったら後で読んで。


では、自殺未遂はどうか。

自殺未遂罪をもうけ、自殺をしようとしたが思いとどまった者や、自殺をこころみたが死ねなかった者を処罰すべきか。

もっと言うと。そういった人を逮捕・取調べ・起訴・処罰することは、妥当なのか。


誰でも一度は、こんな映像を見たことがあると思う。

警官や専門的な人が、何時間もかけて、今にも飛び降りそうな人を説得している様子。たまたま居合わせた一般人がそういう役を担うこともある。(どうやら気があっていそうだ、このまま彼に任せてみよう。などとなり)

俺、夜勤明けでさ。もう少ししたらあがりの時間なんだ。なぁブラザー、一緒にコーヒーでも飲みに行かないか。俺につき合ってくれよ。一応確認しておくけれど、君は女性が好き?それとも男性?俺はストレートだから、誤解を与えないようにと思ってね。

私はヤバいわよ。仕事は3つかけもち。すぐクビになるから、何ヶ所かで働いておかないと恐いのよね。請求書や督促状の山がキッチンにあるんだけど、毎日見て見ぬふりしてるの。私シングル・マザーなんだけど、娘の彼氏がガラの悪い男ばかりで気が気じゃないったら。まったく、誰に似たんだか。ああ、私も死にたくなってきたわ。


これは私の創作なのだが。こんな感じは実際にある。

『ジュラシック・パーク』シリーズで、車が崖から落ちそうな時に、「ロープをもってきてくれ!」「あとチーズバーガー!」「ポテトも忘れるなよ!」みたいなシーンがあったかと思う。

画像まで出しておいて違う作品だったらごめん。笑

映画の中だけではない。アメリカにはこういう風潮がある。危機にジョークを言うのだ。それプラス、この場合は、相手を笑わせることで空気を変えようとしている。

あらゆる物事において、笑いの効果/笑い話にすることの効果は絶大である。たとえば。シリアスに嫌われている人をカジュアルな嫌われ者にすることはできる。これは実質、大違いだよ。

ジョークで潮目を変えれる可能性は大いにある。


自らフェンスを乗り越えてまで説得する時もある。

彼ら彼女らがこんなに懸命にがんばるのは、“自殺犯” を逮捕したいからではない。


リアルにイメージしてみて、今、あなたの中で出た答えがあると思う。

日本の法制は国民感情に合致した「妥当なもの」である。自殺未遂罪というものはない。


日本の自殺幇助の扱い方について、より具体的な話をすると。

名古屋高等裁判所の昭和37年12月22日の判決が、リーディング・ケースになっているという。

・不治の病におかされ死期が目前に迫っている
・見るに忍びない程の苦痛がある
・病者の意識は明瞭であり、意思を表明できる
・本人の真摯な嘱託(しょくたく)や承諾がある
・方法が倫理的にも妥当なものである
・死苦の緩和の目的でなされる
・医師により得ないとするに足る、特別の事情が見られる

これら全ての要件を満たした場合にのみ、自殺幇助の違法性が阻却されるとして、処罰されないことになっている。

医師によるーーという要件を満たさないことがほとんどで。実際は、多くが処罰の対象になるそう。たいがい、実刑ではなく執行猶予がつくとのこと。


「存在をやめる」ために支払うコストについて。

これは、サラ・ペリーという人の著書の表紙だ。

MITで都市計画について学んだ人が書いた、『Every Cradle Is a Grave:Rethinking the Ethics of Birth and Suicide』(和訳版は出版されていないため、邦題はないのだが)『全てのゆりかごは墓である。誕生と自殺の倫理の再考』という本で、とても興味深かった。

ある経済学者が、「人生は常に恩恵であり重荷ではない。その証拠に。望めばいつでも無償処分の選択が可能なのに、ほとんどの人はそれを利用しない」と述べた。

彼女は、いくつかの例をあげて、これに反論した。以下で、サマリーを書いていく。


自殺のコスト

自害する危険性があると判断されると、精神病院に収監されるかもしれない。患者という扱いになれば、その後の自由を失うかもしれない。

現代医療に救われてしまい、計画は台無しになるかもしれない。実例)高所64mから飛び降りても3%の人が生存する。

死の淵から連れ戻された後は、以前の人生のクオリティーを格段に下回る人生が待っているかもしれない。例)傷害や後遺症

自死は他者に影響を与える。例)金銭的/物理的サポートが突然なくなる(シングルの親が自殺した家庭の子など)。心的負担をかける(関係的な別れよりもショック)。遺体が見つからない場合に探し続けてしまう可能性。こういったことを気にかけ、実行に移せないかもしれない。

自殺を検討しているという話は、最も重く・しづらい話の1つに確実に入る。まわりの人に相談できない。

要するに。何言ってんの?自殺はものすごく難易度が高いわよ!と。リアリティーのないご高説たれてんじゃないわよと?笑。そんな反論を展開したのだ。


Exit International は、自主的安楽死と自殺幇助の合法化を提唱する、国際的な非営利団体である。

前は、VERF Inc. という名前で、NERV(ネルフ)みたいな字面だった。

オーストラリアの一部で制定された、世界初の自主安楽死法であった、終末期病者の権利法。これがくつがえされた後のこと。1997年に、フィリップ・ニチケ氏(元医師)が設立した。

その法が成立していた間に、オーストラリアで、合法的・ 致死的・自発的な注射を行った。たしか何件か遂行した。


スイスでの死亡幇助の申請手続きについて、あなたとあなたの大切な人に、ご案内いたします。私たちの本『スイスへ行く:あなたの最後の出口を計画する方法』は、困難なトピックに関する貴重な読み物です。

ホームページにこう書いてある。

スイスでの自殺幇助関連の手続きは、たしかに、非常に複雑なものである(簡単にできすぎてしまっても問題であろう)。

イグジット・インターナショナルは、それを手助けするという。


有名な話なので、なぜスイス?と思った人はいないかもしれないが。一応、解説していく。

スイスでは、利己的でない動機による自殺幇助が合法なのである。

1941年に、複数種の死亡幇助を認めた世界初の国となってから。2014年には約750人、2020年には約1300人が、国内でこの方法で亡くなっている。

そのほとんどは、末期の病に苦しむ高齢者だ。


そんなスイスでも。あらゆる形態の積極的安楽死は、ひき続き禁止されている。

もしかしたら、ここは読んでいてこんがらがる部分かもしれない。

「積極的な自殺」と「積極的でない自殺」を説明すると、こんな感じだ。

「死にたくて死ぬ」のではない。もう若くはないが、それでも、まだ生きていたかった。理想を言うなら、眠るように老衰したかった。現状はそれとは程遠い。体中が痛くて痛くてたまらない。薬の効きもどんどん悪くなってきている。いつまでこの苦痛に耐えねばならないのだろうか。最近、毎日考えてしまう。この苦しみから逃れられるのなら、死はもはやご褒美だ。あまくてやさしいものに他ならない。

私の創作ね。理屈よりも直感で伝わるといいのだが。


非居住外国人の自発的安楽死の幇助も、認められている。よって、✩.*˚スイス自殺ツアー✩.*˚があるのも合法である。

これは自殺幇助用ポッド SARCO(サルコ)。名前の由来は「石棺」。

これも有名な製品だが。また、解説していく。

2021年にスイスの法的審査をクリアしただとか、現在スイスで使用可能(自殺幇助クリニックにて)だとかの情報が、ネットに大量に出まわっているが。日本語でも英語でも、そのように伝える記事ばかりなぐらいだが。

これは誤りである。

2021年12月、いくつかのメディアが、「スイスでサルコは法的に問題ないとの見解を得た」と報道した。この時の「〜との見解を得た」という書き口が悪かったのだろう。誤解が誤解を呼び、誤情報が定着してしまったのだと思われる。

これを読んでいる人の中にも、おそらく誤解していた人がいるだろう。

仕方ない。その時に誤りであることを指摘していたのは、AP通信の1記事だけだった。

AP通信がファクト・チェックで確認をしたところ、スイスの医療製品の規制を所管するスイス・メディックが、「サルコを承認していない」とハッキリと返答してきたそうだ。


スイスの自殺幇助団体 DIGNITAS(ディグニタス)は、この機械が多くの人々に受け入れられる可能性は低いだろう、と述べたことがある。

より詳しくは、こうだ。

我が国には、35年前から、訓練を受けたスタッフがつきそう形の自発的安楽死があるのだから。わざわざ新しい方法など不要であろう。

意味わかる?

「死ぬ権利」団体AとBが、それぞれのオススメの死に方を主張して、バトルしてるの。笑

摂取することで、その人の人生を終わらせることができる一連の液体。vs. 窒素が注入され酸素濃度が急速に低下することで、その人の人生を終わらせることができるマシーン。ファイ!!

何なの?その無駄にSFっぽい見た目の機械は。不謹慎なのよ。死をなんだと思ってるのかしら!的な。

まじめな話。このような意見をもつ人は、他にも世界中にいる。

たしかに、見学するご老人たちも、
ほえ〜すごか〜というような表情をしている。

サルコが発生させる急激な低酸素と低二酸化炭素が、死を提供する。

ポッドに寝そべる。ふたが閉まる。最終確認の問答がはじまる。実行ボタンを押す。30秒後に死がはじまる。すると、意識はすぐに失われる。

内側から作動させる仕組みでロックはかからない。どたんばで、本人が中止ボタンを押すこともできる。

飛行機内の気圧が急に下がり酸素マスクを素早くつかまなかった時の、死に方。そう説明されたところで誰にもわからないが。これに似ているそうだ。

息苦しさを一切感じないどころか、そのような状態では、人は少しの多幸感を得れるという。 


二チケ氏がサルコを開発したきっかけ。

英国の法律に自殺幇助を受け命を絶つことを拒否された、英国人男性がいた。

ロックイン症候群にかかった男性だった。

ロックイン症候群:脳幹での血管障害や外傷による異常が引き金となり、身体が動かせなくなる。意識は明瞭だが、ほぼ眼の随意運動でしか意思を伝えられなくなる。

「死よりも悪い運命」と題された記事

泣いている顔ばかり載せるのは違う気がするので、動画も貼っておく。呼吸さえしづらそうなのが見てとれる。日本語字幕はないため、軽く解説する。

彼は、このような方法で家族と意思疎通をしている。
これにより、インタビューにも答えられていた。
Twitterをはじめて3日で大量のフォロワーとふぁぼがついたという話をしている時、彼は笑っていた。

この動画内でも。彼は明確に、痛みや苦しみのない死がほしい・それが許されないのならば私の死は悲惨なものになる、と主張していた。


彼はニチケ氏に、まばたきで作動する自殺装置がほしいと伝えた。

これがサルコの誕生秘話である。

開発コストのことを度返しで話すが。文字通りのまばたき作動バージョンをつくり出すことも、サルコなら可能かもしれない。

「作動を希望するなら、2回・1回・2回というまばたきをしてください」「本当にいいのなら、次は、1回・1回・2回というまばたきをしてください」「わかりました。では、あなたの死を開始します。Bon Voyage!」

今回多くて忍びないが、私の空想だ。ついでにもう1つ、完全なる私の憶測だが。サルコは、魂が宇宙に旅するイメージだから・出航だから、こんな(不謹慎な?)見た目なのではないだろうか。

最期にちょっと楽しいじゃん。乗りこんで次のところに行くで〜って気分になれるじゃん。


自殺幇助を受けれないと知った後、彼は亡くなった。

死因は自殺だった。

まばたきしかできない彼は、食事と水分の摂取を拒否し続けることにより、自らを死にいたらしめた。

結果的に、二重に苦しみながらこの世を去ったのだ。

餓死・衰弱死だ。
最期はこんな見た目ではなかっただろう。

「完全に寝たきりになり意思疎通が全くできなくなるまで、放っておくつもりはありません」

「死そのものよりも痛みの方が怖い」

「物理的に自殺はできないし、薬の過剰摂取もできない。失敗した自殺はしたくありません」

死をまぬがれない病などに苦しみ、自殺幇助を受けることを希望する人たちの、言葉である。


サルコは1号機2号機と開発が進められ、現在はバージョン3。

3Dプリンター製のサルコ。ニチケ氏はこれで進めていくつもりだ。「よくある質問」に、サルコをプリントするには約17,000ユーロかかるとあるが。氏は、将来的に、無料で設計図を提供したがっている。

これまでは、分離して棺としても機能&生分解性素材で印刷されるとよいだろう、と提案していたのだが。コストを考えると、繰り返し使用できる方がよいかーーと意見を変えた。

ニチケ氏は、死にゆくプロセスを脱医療化しようとしてはいるが。死の商人ではない。

信念の1つに脱医療化があることを考えると、彼についたあだ名 Dr. Death は、最適ではないかもしれない。パッと耳目を集めるし「先生」的な意味あいもあるのは、わかるけれど。

今回のタイトルを「ドクトル・デス」などとせずに、ソムリエとした理由だ。


サルコは米国で稼働するか。

スイスと一部ヨーロッパでいけたとしても。米国で近々に実現する可能性は極めて低い。

氏がこのような方針だからね。このままなら(彼が彼の信念を貫き通すなら)、サルコは儲からない。宗教的な壁も高いし。

あわない曲貼らないでよ、と思われるだろうか。

この作品の中の、不老不死を求めた狂人の犠牲になった命たち(敵キャラクター)は、みな苦しんでいた。もう死にたがっているようにしか見えず、かわいそうだった。ヒロインは、苦痛のない死を人に与えられるように切磋琢磨する職業に、従事しているし。

人間にはもう、いろいろなことができる。科学的な技術はある。金だって実はたんまりある。ないのは心だ。この世界がうまくワークしないのは、心のなさのせい。


レソトは、「アフリカのスイス」と言われることがある。自殺の話とは関係なく他の理由から、そう言われているのだが。空の王国とも呼ばれている。ここは高地なのだ。

にしても、どんな偶然か……

レソトの自殺率を世界一にしているのは、主に、女性たちである。

HIV感染率が25%で、世界で最も高い値の1つとなっている。都市部では、40才未満の女性の半数がHIVに感染している。

この国の平均寿命は42歳だ。

WHO によると。アフリカでは、自殺者1人につき、20件の自殺未遂が行われている。悲惨。


韓国の自殺率は、世界で4番目に高い。

高齢者の自殺が多い。要因を考える時、子や孫に世話をしてもらえない・独居老人・孤独死……このようなキーワードが挙げられている。

次いで、学生の自殺率が高い。学業で成果をあげなければならないという強いプレッシャーが、要因として考えられている。

そんな韓国で最も一般的な自殺方法の1つが、一酸化炭素による中毒死である。他に多いのは、橋からの飛び降り。ソウルのとある橋は「死の橋」「自殺橋」と呼ばれている。


日本の20~45才の男性と15~35才の女性の、主な死因は自殺である。(他の死因は低いという意味でもある)

男性が女性の2倍、離婚後に自殺をする。職を失った男性・家族を養うことができなくなった男性に、自殺者が多い。


対照的に。中国の自殺者は、そのほとんどが女性だという。内訳的に、農村部の自殺率は都市部の5倍だとも。

つまり、自殺しているのは田舎の女ばかりだと。

中国は、あらゆる事柄で正確な数値を公表したがらない国だ。事実かどうか判断しかねる。

中国における自殺未遂には、主に、殺虫剤やその他の毒物が用いられる。

余談
中国の歴史上、偉い人たちを毒殺した犯人は、親族など身近な人物ばかりだった。部外者から皇帝まで毒がたどり着くことなど、到底、無理なことだった。

本題ではないため他力本願!


歴史的に、スウェーデンの自殺率は高い。

自殺やうつ病と長く暗い冬の因果関係は、長年にわたり研究されている。20時間以上の暗闇が、毎日続く地域もある。


今回は、特に、〆の言葉的なものは書かない。あえて書かないのではない。今回、別に、私からそんなものはない。

スイスの明るく楽しい話を読みたい人は、こちらから。私が日本とアメリカの次に、長くすごした国だ。