「誰の人生ですか」
親と縁を切るに至ったエピソードです。🦉
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今でもたまに蘇る記憶がある。
学生時代、父親の意見を優先にしなくてはいけない生活を散々送らされたのに、大学生か社会人になった頃、いきなり「お前が自分で何とかしろ」「親を頼るな」と感情的に突っぱねられた。
本心ではないのよと母が後から言ってきたが、ふざけるなと思った。
自立したいし家を早く出たくてしょうがないのに、それが出来なくて悩んでるんだよ。
悔しくて悔しくて、やがて防衛本能からか「無」となり何も感じなくなった。
これまで良かれと思ってか、散々親の都合で支配・コントロールしてきた結果、自立できない子に育った事を責任転嫁し私に押し付け、「家を出ろ」と早く自立しろと迫ってきたのだ。
子どもをなんだと思ってるのか。都合の良いロボットじゃない。親のペットじゃない。実験動物でもない。親とは別の個を持つ1人の人間なんだよと今なら言える。
存在価値は親と対等なはず。1人の人間としての尊厳だってあるはず。
学生の頃は、父親や、父親を肯定する母親に対して、私は何度も歩み寄ろうとした。しかしその度に心挫かれた。信じては裏切られるような思いをした。ただでさえ弱い立場の子どもは、親に逆らえない。親に保護を辞められたら、生きていけないからだ。
自分で自分の存在を受け入れられない人間になったのは、間違いなく親の責任だと思っている。
悲しいことに去年、この後に及んでも、コントロール・支配欲が消えない接し方をされたので、私はついに縁を切ることにした。
初めは衝動的な行動なんじゃないか…?とか、
本当にこれで良かったのか…?とか、
親に悪気は無いのは知ってるし、お世話になったのに…と悩んだ。育ててくれた恩はある…。
が、セラピーの先生に話したところ、私の判断は決して自分にとって間違いなんかじゃないと思えた。
「30年間お世話になったから縁を切るのが悲しいのは当然ですが、その30年の歴史が、今のあなたの症状を引き起こしているんです」
「誰の人生ですか?」
そう言われた。涙が止まらなかった。
今は辛く悲しい気持ちはあるけど、やっと私は私の人生を、父親からの命令ではなく、自分の意思で自立しようと動けるようになった。
母も父も我が強い人だった。
母からの、感情や意見の押し付け。そして幼児の頃からずっと欲しくても、満たされる事のなかった承認欲求。父親からの支配管理・命令・怒鳴り声・腐ったようなモノの言い方・植え付けられた恐怖・強迫観念。子どもの感情や意見は、全て父の正しさを押し付けられて潰された。
それらに歯向かうんじゃなくて、縁を切ることができた。
縁を切ることで、私の中の過去のトラウマに繋がるものを捨てられた。生き苦しさの原因となる影響を、自分から遠ざけて離した。
そしてこれからも、負の感情や思考にマインドがやられそうになったら、その都度セラピーで処理をしていけばいい。
セラピーの先生は、私の心の中の親だ。
幼少期からずっと求めてきたけど得られなくて、それを旦那にも求めてしまっていたもの…↓
私を見てほしい。興味を示してほしい。知ろうとしてほしい。私の話を聞いてほしい(価値判断をせずに、ただ聞いてほしい)
それらを、日頃のセラピーの何気ないやりとりで、先生が与えてくれる。
私がどんな捉え方、受け取り方をしても、興味を示してくれて「そうなんですね〜♪素晴らしいですね♪」と、価値判断ではなく(実際に素晴らしいかどうかは関係なしに)、あるがままを受け止めてくれる。(あなたの意見や感じ方は素敵ですねの意味)
なんだろう…悲しくないんだけど涙が出た。
ずっと何十年も母に求めても求めても、得られずにきた接し方なんだと思う。"優しく温かい感覚"を身体で感じていた。安心・安全を感じられた。
死んでしまったおじいちゃんも、生前同じように接してくれた。
理由を聞かず、ただただ受け止めてくれた。話を聞いてくれた。安心・安全な居場所をくれた。 おじいちゃんと話してるときの自分は、自己否定な感覚は無かったし、むしろ「私、出来そうな気がする!」と前向きな気分にさせてくれるのだ。
私の心の中の、"親"や"師"といった存在は、先生とおじいちゃんである。
その2人が私の中にいてくれる限り、挫けそうな事があったり理不尽な社会にいても、「こんなときに、先生やおじいちゃんだったら私に何て言うだろう?」と考えてみる。
自分で自分を守り、負けずに、生きていける。そんな気がするのだ。
※良いことも載せないとフェアじゃないので、
子ども目線でもプラスだったことを少し追記。↓
母:父ほどアレやれコレやれと強制はして来なかった。あと昔はよく笑う人だった。父のケンカ相手の人に手紙を書いた事もある。私の大学の教授に、就活で授業に出れないとき一筆書いてくれた。私が足を怪我したり、体調を壊して休んだ時は、優しくそばにいてくれた。面白さもある。素直で子どもみたいな性格。
父:小中学生のときは、弟も私も父に勉強を見てもらっていた。掃除や料理も母が苦手だったので、代わりにちゃんとやっていた。完璧主義を自分にも相手にも求めるタイプだった。父自身もたまに苦しんでいるように見えた。高校時代は、勉強のことについて、管理・指示命令されなかった。
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きっと父や母が私の記事を読んだら、否定したり、「親をすごい悪者にするね」と言うだろう。
彼らは、"彼らにとっての正しいか否か"が重要であり、私の感情や意見は、そのふるいにかけられて、何も残らない。
しかし、もう私はそれでも動じないよ。
なぜなら彼らの意見・感じ方でどれだけ否定されようが、ここに記載した内容は、紛れもなく私の中の真実であり歴史であるからだ。
私がどう感じて生きてきたのか、それに対して親がジャッジできる権限なんてないのだ。
親のジャッジを受け取りすぎたり、罪悪感を植え付けられたり、親の気持ちを全て吸収してしまい、精神と脳がおかしくなった。
罪悪感を植え付けられた記憶で、まだ取れないトラウマがある。「お前にどれだけ金かけたと思ってるんだ」「お金をドブに捨ててるようなものだ」と何度か言われた出来事だ。親からしたら本音だし、しょうがないのだが。。当時は衝動的に死んでやると思ったことがある。なにかが辛くて悲しくてという感情ではない。衝動的だがどこか冷静で、憎しみを抱え、同時に絶望感もすごい。このなんとも言えない感情を誰が理解できただろうか。自分にできる最大の復讐であり、この今の世界から消えたい(単純に自分が居なくなりたい一心)気持ちを叶えるのは、自死じゃないか?と子ども心に気付いてしまった。
親の思い・意見・価値観・感情は、すべて親の課題であり、持ち物である。
本来子どもに押し付けてはいけないものらしい。
親子間以外も全てそう。自分の意見・感情・価値観は全て自分の持ち物であり、自分の課題だ。他人に押し付けてはいけないのだ。それを私は知らずに育った。見ずに育った。あらゆる対人関係において、親と同じことをして自ら苦しんでいるし、他人を苦しめている。
私の課題ではないので線を引く。この線の内側には入ってこないでください。私のパーソナルスペースですよ。何が何でも守らねばならないATフィールドなのだ。そこが侵略されると心がやられてしまう。
ぜんぶ吸収する必要はない。私が吸収したいものだけ吸収すればいい。自分がなにを取り込むか、それも自分で選択肢をつくり、選択していいのだ。
私はもう自由に生きていいのだ。