noteの世界は優しすぎる。つまり虚構の世界
辛辣に思う方もいらっしゃると思いますが 辛い状況になった時に 自分の意志で選んだ挑戦や道徳的な人助け である時と単純に行ってきた負のカルマ清算の時の二つがあります 根底が保身の人の乗り越えるストーリーは 他人を傷つける負のカルマを更に増やします 根っこが腐らぬうちに気付きを
傷の舐め合いにしか見えないことでも、 当人にしたらそれが必要なのかもしれない 想像力を忘れないようにしたいものです。 おはようございます。
凡人同士傷を舐めあって下さい
なんだよコロナ時代って?意味不明!そもそも誰のせいで不安を煽るような世の中になったんだよ。そのようにした者は責任を取れよ。傷の舐め合いをしている状況が鬱陶しい。こんな国、出て海外に移住した方がいいのかもなってすら思う。この国の何年も続く停滞状態にああうんざり。
傷を舐め合って慰め合う惨めな共生もどきには絶対にならない。怪我をしていたら肩を組み一緒に前に。ゆっくりと進んでいくのが共生の本来あるべき姿だ。
「類は友を呼ぶ」陽は陽を、陰は陰を呼ぶんだよ。優しい人には優しい人が、糞みたいな人には糞みたいな人が集まってくる。糞同士の馴れ合いは見てて吐き気がする。
『友達ではなく、仲間を作る』 馴れ合いの友達はいらない。 お互いを高め合う同志を作る。 お恥ずかしい話し、友達は数人しかいない。 だが、仲間なら多くいる。 昔からの友達は、話が噛み合わなくなってしまった。 『傷の舐め合い』をするくらいなら、友達はいらないと思っている。