←前半 後半→ 第五話 僕は人と話がしたかった 飼い主のタツジュンが外食に連れて行ってくれる。 リュックサックのポケットに入れてもらえたハムスターの僕は、地下鉄から電車に乗り換え揺られている。 ビルが目立つ景色から、今は一軒家や駐車場や畑が目を流れてゆく。 タツジュンはリュックを窓に沿わせ枕代わりに眠り、僕はメッシュのポケットから生の緑を追っている。 僕は人間の言葉を理解し話せるハムスター。 亡くなった遥香の生まれ変わ
←④ ⑥→ 第五話 昨日の騒動を受けて今日は日曜日ということもあり、アパートに引きこもることにした。 朝陽が窓から差し込むが、ベッドの中は心の重さで暗く感じられる。パソコンやスマホを見ても私に良いニュースは見当たらないと思う。 炎上が続いているかもしれないし、そうでなくても真百合のブログが気になってしまう。 思わずカーテンを開けると外は青空が広がり、 洗濯でもしようかと考え直したが気分はすっきりせず、どんよりとしたまま
三葉亭くん、筆は進んでいるか。 変わりはないか。 キミのno+eを読みました。 先日、姫が店の子へ八つ当たりしてね。 早い話、客がホストへ鬱憤晴らしだ。 考えさせられる気づきを得ました。 俺は大学在学中から今日までホストをやり、 一見でやって来る女の子達とも卒なく対話ができているつもりなんだ。 若いホスト達も永遠に水商売を生業にするのではなく、それぞれ目的があって働いている。 この環境にいるせいなのか、水商売をやっている人を 「この人は無学だからキャバ嬢だ」
人はひとりで生まれ ひとりで死んでゆく 困難に立ち向かうときも 決断も ひとり 幼子で覚えた 人肌の温もり 人はひとりではない いつしか錯覚に陥り 誰かと繋がりたくなる 傷つき 傷つけ 本当は一人でもいい 届かぬ想いが逆恨み 孤独を嘆く日々 傲慢さが心を歪める 内省できぬ愚かさ 孤独を呼び寄せる 一人でいることは悪じゃない 哀れみは必要ない 一人は悪だという強迫 他人のせいではない 一人も誰かといるのも どちらも普通のこと 前提はひとりだと知れば 孤独を悲しむ
働いていた頃、最初の組織での経験から 「今日は平和だよね」という言葉が 各自異なる意味を持つことに気づいた。 その結果 「みんな仲良くすれば平和になる」 という考え方は、 単なる綺麗事に過ぎないと強化された。 学生時代には漠然とした気持ちを持っていたが、 職場での経験を通じて言語化され、スッキリした。 上司が出張や有休の際、部署内がスムーズに作業を進められると平和だと思われがちで、実際には不仲な人同士がケンカしないことや不機嫌を撒き散らされないことも、また平和だ
←③ ⑤→ 第四話 栗子のLINEにはリンクが貼られており、開くと twitterが紐付けされていた。 LINEに貼られた動画は 『真百合のイベント会場での乱闘』と題され 「まゆりんは人の不幸をネタにしてたの?」 「真百合ちゃんに嫉妬するブスとの格闘」 「毎日、不幸があるのが不自然」 「飯ネタにされたヤツwww」 といった様々なつぶやきと共に炎上していた。 動画にはイベントに参加したファンの肉声が入り、被害者五人がそれぞれ異なる角度や位置で撮影していた。
←② ④→ 第三話 一月の寒空と肌が切れそうな風は緊張へ発破をかけるようだ。 私と菜摘は真百合のサイン会に参加するため、長蛇の列がある会場へと足を運んだ。スタッフの採用はなかった。 原色と原色が円を描く照明や鼓膜を突き刺すような爆音がリズムよく響く中、ファンたちが真百合を待ちわびる姿が見える。 人々の興奮した声がアーティストのライブを彷彿する光景だ。しかし私には重い影が差し込んでいる。 「随分とのん気に楽しそうね」菜摘がつぶやく。 舞台から手を振る真百合
←① ③→ 第二話 栗子が帰ったあと、私は混乱状態で真百合のブログを開き「いいね」が多い記事から読み進めていく。画面に映る真百合の微笑がどこか冷酷に感じられた。 「ひょっとして、このエピソードは……」 頭の中に疑念が浮かぶ。 私たちは女子が少ない学科に在籍し、どの子とも仲良くやっている。 波風を立てないように、リーダー格の真百合を怒らせないように、皆が気を遣っている。 真百合は気に入らないことがあると口調が荒くなり、物を投げるなど乱暴な一面を持っていた。
②→ 第一話 一睡もできなかった私は朝の光が差し込むカフェの窓際に座り、二限目の授業までの時間が異常に長く感じた。 外では人々が忙しそうに行き交い、クリスマスの装飾が施された街並みが華やかに彩られている。 カフェの中は暖かく、コーヒーの香りが漂っている。しかし私はレポートが書けずにパソコンを開いたままスマホを手に取る。 そろそろ8時、真百合のブログが更新される時間だ。 前日にアップされた記事を読み返すと、彼女のユーモア溢れる言葉が目に飛び込んで来る。インフル
珍しく、うちのマンションに来客があった。 飼い主のタツジュンが同僚を連れて帰ってきたのを僕はケージの中から見ていた。 男は若くタツジュンより少し背が低い。マッシュヘアと細身の体型がタレントのようだ。 「マッチングアプリで知り合った彼女が北海道にいるんですよ。ところがメッセージするたびに課金になって」男は話し始めた。 タツジュンは腕を組み「へぇ」 興味を示すが、何も理解していない様子。 「LINEやZoomで交流できないの?」と質問しても男は首を振る。 「アプ
霧の朝を車内で迎えた。 二十年記念日は雲海を見ながら過ごしたい、 そんな夫の要望で日付が変わる頃には家を出て、車内で眠っていた。 目覚めると辺りは霧の中。ほんの数メートル先が幕を張ったように不透明。対向車のヘッドライトも白味がかってマイルドな光を射す。 めくる風景は山林で、枝がない真っ直ぐな杉が整然と緑を成していた。 「もうすぐ着きますよ」 夫は正面を見たまま、私の起きた気配で声をかける。 「山ってもっと鬱蒼としているかと思いました」 ドリンクホルダーから取るミルク
この国では西暦1600年頃から、富裕層にはタトゥーを彫る文化が根付いていた。 王様や富豪の背中には力強い昇龍が描かれ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。 第二次世界大戦の激動の時代には、名将の腕に観音像が浮かび上がり、その姿は勇気と信仰の象徴だった。 2000年を迎える頃には、タトゥーのない人に対する偏見が広がり、街のどこを見ても誰もが身体に何らかの彫り物を持つのが当たり前になっている。 ネットには「底辺がタトゥーを入れると品位が落ちる」「タトゥーを入れても貧乏
手紙をありがとう。 手紙を読んで思わず涙がこぼれそうになった。 いいタイミングで手紙をもらったよ。 三葉亭くんの言葉には作家としての苦悩や喜びが詰まっていて、手が震えたよ。 キミの言葉にいつも心を打たれる。 小説を書くことが宿命だと感じる気持ちを俺は分かっていないが、時々、自分が何のために書いているのか自問自答する。 「書かざるを得ない」感覚。 俺も同じように感じている。 書くことは俺たちの存在そのものなのかもしれない。時には何を書いても評価されず、虚しさに
11月から新生活を始めたレオ氏は、 画像でその日の出来事を知らせて 「成長を見てほしい」などと言っている。 「凄いね」「頑張ったね」 わたしは褒め役だ。まるでお母さん。 わたしが母からしてもらったことを、 出来るだけレオ氏の方へ返している、恩送り。 聞いた話は肯定して返事をするし、適度な気づきを質問にして訊いてみるなど、相手のモチベーションを維持するように細心を払っているつもりだ。 「夢が叶ったのは、ももが支えてくれたお陰。 本当にありがとう。 安心して見守って
何も起こらない、波風のない一日。 今日は心に決めた挑戦の日。 ジムの扉で認証を受けると、深夜特有の静けさが迎えてくれた。私は体力をつける冒険に出る準備が整っていた。 昨日は久しぶりの筋トレ。全身筋肉痛で、家事を終えたら寝ようかとも思った。 1時間、歩き、走り、心臓が鼓動を速める。 心拍数が210まで上がっていく。 汗が額を流れ、息が上がる中で身体が悲鳴を上げているのを感じる。 「頼む。ここでやめようよ」 身体は心へ懇願する。 しかし、心は 「成功体験を