就活中の息子。 2月の国試で出がらしなので、サクサク動けず、まだ決まらないで干した魚のようになっている。 出していた書類が不合格で戻ってきたようで、先生に知らせたら、明日学校おいで?となったようだ。 それはそれで、よかった。 世の中の一通りを苦しむのも、必要と思う。横に居よう。
祝日だけど仕事。しかも30分延長。しかも強風で電車止まる。さっとファミレスでひとりご飯。 思うように行かないことに、対応してはいるけど、実はイラッとしてもいるのだと、自分だけはわかっていよう。違和感と不愉快と。それがあるなあ、と抱えて居よう。気が済むまで。忘れるまで。
今日考えたこと。女性漫才師が解散するのとかやっぱり一緒にいて自分らしく居られない、なにか無理な型にはめられる的なことが嫌で解散するんじゃないのかと。夫婦も、親子間でも雇用関係でも、無理強いが続くと円満継続が難しい。細かいことでも。自分を大事にしつつ一緒にいられる相手、コミュニティ
息子も娘も小さく滞っている。 それぞれ起きても当然の状態だけど、母はやはり気を揉む。どうやって一緒にいるか、介入が必要か、必要ならどう入ればよいか。 考えるというよりは、2~3歩下がって全体を見て、情報を全部自分に入れてみて最善手が「湧いて」来るのを待つ感じだ。
結局… 自分の問題は、自分で考えて自分の解決方法を探し出して実行するしかないんだよね。 いくら横で良さげな解決方法を思い付いたとしても、私は彼女じゃないし、彼でもないのだ。 それが本当に解っていないと、愛の名の元に余計なお節介を始めてしまうことになる。
【詩集 腕枕】あるがままで 不満言っても めんどくさいって言っても 相手にむっとしても 互いがあるがままでも一緒にいられたなら それでいいのだ 128-231009