4/22の出来事日記と感じたこと
今日は忙しい仕事の日だった。
亡くなられた利用者さんの家族の方がご挨拶に来られた。
『ここに来てよかったです。本人からもそう聞いていました』と。
かなしみ深い中でもお話しながら笑顔がみえる。
とても、貴重な有り難いお言葉です。
それと、ある利用者さんから(がんの終末期の患者様)
『最期はどうなっていくのか不安』『色々なもっと大変なことになるのよね』と。
私はサイモントン療法で学んだ『最期は過ごしている今で決まる』について伝えた。
穏やかな日を過ごしながら生きていると、最期も穏やかな最期を迎えることができるし、不安や恐怖を感じながら過ごしていると、不安や恐怖を感じながら最期を迎える、とお伝えした。
死を目前にいるとき、人はどうしても不安や恐怖を感じることは、自然なことである。それをどうやって手放すのか、感じなくさせるというのは、信仰心がある方でも、生と死について学んでいる人でも、生死にかかわることを
生業としている人でも、なかなか静寂なこころを持つのは難しいだろう。
少しでも不安が和らげられるような言葉や声かけはないだろうか・・・
そのことをずっと考えていたけれど、
死について問いかけがあった時、何も言わずに、その場所から逃げずに
『その場に一緒にいる』
空間と時間の共有、これも見えないお互いのオーラ?エネルギーが共鳴し合い、言葉以上の共感や理解が伝わるように得られるように感じる。
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