マガジンのカバー画像

掌編小説、詩など

238
運営しているクリエイター

2024年5月の記事一覧

ハードボイルド書店員日記【187】

ハードボイルド書店員日記【187】

人手不足の週末。電話が鳴った。

諸々の感情を押し殺して受話器を取る。

「森博嗣さんの『人形式モナリザ』はありますか?」
「Vシリーズの二作目ですね。少々お待ちくださいませ」

カウンターを離れ、講談社文庫の棚へ。ない。下のストッカーにも。PCで検索した。半年ほど前に売れ、ずっと補充が入っていない。担当に伝えるべきだろう。

「お待たせ致しました。申し訳ございません、ただいま売り切れていましてお

もっとみる
ハードボイルド書店員日記【186】

ハードボイルド書店員日記【186】

「五月病を吹き飛ばしてくれる本、集めました」

期間限定の小規模なフェアが始まった。場所は心理・哲学書コーナーの一列のみ。すべて棚に面陳して手書きのPOPを添えるゆえ、置けるのは五冊だけである。

店長が三冊、私が二冊を選んだ。

前者はいずれも「自己肯定感」や「マインドフルネス」に特化したベストセラー本だ。いわば和食における白いご飯。だから私は味の濃い小鉢を用意させていただいた。

「これ、どう

もっとみる
ハードボイルド書店員日記【185】

ハードボイルド書店員日記【185】

こんなお客さんがいた。

「ここ本なくね?」

大学生らしきふたり組の男性。ビジネス書の棚を眺めながらひとりがつぶやく。もうひとりは「本屋なんてこんなもんだろ」と仁王立ち。

おそらく十数年前の自分も、周囲の大人にいまの私が彼らに抱いているような印象を与えていた。与えた側は無自覚。でもいつか客観的に振り返り、それと認識するに違いない。思い出し赤面の案件だ。

「すいません」
資格書のエリアで品出し

もっとみる
ハードボイルド書店員日記【184】

ハードボイルド書店員日記【184】

「すいません、抜けます」

GWの真っ只中。通常よりもやや大きいハヤカワ文庫のカバーを折っていられたのは開店から20分までだった。

「絵本を3か所に配送したい」という小柄な老婦人が来た。送料がどれだけかかっても構わない、孫に贈りたいとのこと。遅番が出勤する13時半までは3人しかいない。店長が伝票の作成や梱包のためにカウンターから離れ、残りはふたり。電話がずっと鳴り続けている。

そしていま、客注

もっとみる