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2021年6月の記事一覧
ハードボイルド書店員日記㊸
朝から一貫して客足は疎らだ。翌日始まる「ポイントアップキャンペーン」の影響だろう。「朝三暮四」という言葉の意味を経営陣に教えたい。25メートルを潜水し続ける一時間も欠伸を噛み殺してカバーを折る一時間も時給は同じなのだ。
「すいません、これどっちがいいと思いますか?」
黒縁メガネをかけた若い女性がレジに来た。かなりの猫背でTシャツとデニムパンツは黒。同じ色の長い髪を雑なポニーテールで纏めている。
ハードボイルド書店員日記㊷
「これ、もう少し入れておきましょうか?」
端末で呼び出したある本のデータを店長に見せる。彼は坂本竜馬みたいに目を細め、「そうだねえ」と長い首を捻った。「お待たせ致しました!」というバイトの元気な声が休日朝の穏やかな館内に轟く。
ターゲットをビジネスマンに特化した店は別だが、多くの書店は日曜が最も忙しい。いわば「稼ぎどき」だ。と同時に実は「注文どき」でもある。
月曜から土曜までは日々膨大な量の
ハードボイルド書店員日記㊶
「ひとつ訊いていい? 本とは関係ないんだけどさ」
サッカーの月刊誌を買った白髪の男性が言いづらそうに切り出す。いつもの青いポロシャツに黒縁の眼鏡。よくいらっしゃる小柄な紳士だ。「承ります」「7月のカレンダーってオリンピックをやるかどうかで変わるんだよね?」「そのようです」「どう変わるのか教えてもらってもいいかな?」「かしこまりました」
レジが混む時間帯ではない。椅子のあるサービスカウンターまで
ハードボイルド書店員日記㊵
低気圧が脳に伸し掛かる月曜の午前中。レジを打つ人間はひとりでも多過ぎる。カバーを折るのがひと段落したらカウンターを出て棚を整理しよう。職務と並行して気になる本を探してみよう。どうせ置いてないけど。実際なかったけど。仕方ない。ファミリー層向けの無難なお店だから。
「自分が読んで感銘を受けた本」だけを売る書店が、九州だか沖縄だかに存在するらしい。京極夏彦「百鬼夜行シリーズ」の主人公・中禅寺秋彦は古書