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ものを書くこと(ライター&創作)

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ライターであり、創作活動(アマ)をしているわたしの「ものを書くこと」関連のnote。
運営しているクリエイター

#日記

がんばれ、凡人の脳みそ

がんばれ、凡人の脳みそ

うんうん頭を捻る。脳みそを振り絞る。ぐーっと考えてばかりいたら、視野も思考も狭まって、かえってよくないんじゃないかと思い、ぼーっと椅子に座ったまま天井を眺めてみる。……はい、ぼーっとしてみても何かが「降ってくる」ことはなく、ただぼーっと時間が過ぎゆくだけでした。残念。

映画「ベイマックス」に、主人公・ヒロが大学に入るための発明中(でいいのかな)、己の限界にぶち当たって「使えない脳みそめ!」と頭を

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ずっと「何もないなあ」と思うのかもしれないね

ずっと「何もないなあ」と思うのかもしれないね

何もないなあと、思ってしまう。自分に対して。

わたしができることを万人みんなができるとまでは思わないけれど、少なくとも似たようなことをやっている人たちの中だけで考えてみると、わたしがやれることは「当たり前」の範囲内のことであり、そこに甘んじていたらダメだぞ、おまえは何にもできないんだからな、という声がする。

まあ、実際「できる」人間ではない。そこそこ何となく、ならなんとか……が関の山で、「でき

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別アカウントを作った話

ふと思い立って、もうひとつアカウントを作った。別にnoteである必要は特になかったのだけれど、使い慣れているし、まあいいかなと。

いつものことと言ってしまえばそれまでなのだけれど、ここ数ヶ月間メンタルの上下運動が遊園地にあるバイキングで、加えて気圧やら夏を終えたあとにくると噂の疲れやらPMSやらといった、はっきり要因がわかるものにとどめを刺されていた。まあ単純にいえばメンタルの良し悪しの落差がひ

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理性で濾過したくない愛を叫べよ

こう、ぐわあっと胸をわしづかみにされるというか、胸どころか心臓を握られているような感覚というか、布団に突っ伏してじたばたせずにはいられない衝動というか、それら押し寄せる波を我慢した結果ただ惚けた自分しか残らなくなってしまった、みたいな、そんな事態に陥ることがちょくちょくある。

端的に言えば「好き」。それだけだ。

「どこが」とか「何が」とか、説明しようとすればできなくはないのだけれど、言葉に当て

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わたしの幸い

七月に入り、早くも一週間が経過した。このところ、天気はずっと不安定だ。今日も仕事部屋の窓から見える景色は、曇天と雨天とを繰り返している。いま住んでいる場所からはそもそも臨むことができないのだけれど、遠くに見える山々は、今日みたいな天気だと雨にけぶってしまっていただろう。実家から見える山を、ぼうっと眺めているのが好きだった。

そんな天気次第で明瞭に見えたり霞んでしまったりする景色と同じように、わた

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垂直に書く

垂直に書く

ホルモンのせいで体調が芳しくない週末だった。

寝転がってスマホでパズルゲームをしたり、本を読んだり、漫画を読んだり。掛け布団にくるまったり蹴飛ばしたりしながら、不調をやり過ごしていた。(まだ痛い。困る)



最近、母校の文芸部のホームページを久々に検索してみた。HTMLタグを手打ちで作ったのであろうイニシエのホームページは今も変わらず存在していて、パスワード式の掲示板も未だに健在だった。(パ

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「若草物語」というタイムカプセル

「若草物語」というタイムカプセル

小学生の頃、新古書店が現れはじめた。新本を潤沢に買い与えられる金銭的余裕があるわけではなかったのだろう親は、わたしや妹をその新古書店に連れていき、娘たちが気に入った本を買ってくれた。(スペース的な問題もあるため、基本は図書館通いだったけれど)

そのうちのひとつが、青い鳥文庫だ。特に気に入ったのが「若草物語」で、続編が3冊あると知ったわたしは、「続きを読みたい」と親に熱望し、新古書店で見つけられな

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その一言、百人力です

その一言、百人力です

書いたものを誰かに読んでもらえていたと知るのは、いつだって嬉しい。「好き」とか「応援しています」と言ってもらえるのは、もっと嬉しい。

その言葉があるから書いているわけではないけれど、その言葉は確かにわたしの肥料になる。子どもの頃に「豚もおだてれば木に登る」との評価を親からされていたくらいには、まあおめでたいし単純だし、乗せられやすい人間なんだろう。

ただ、もちろんのこと世辞はいらない。乗せよう

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「特別」がはらむ残酷さと、熱くなく冷たくもない「当たり前」と

「特別」がはらむ残酷さと、熱くなく冷たくもない「当たり前」と

途中で放ったらかしにしている無料ブログがふたつある。ひとつは高校時代から23歳で結婚する前あたりまで書いていたもので、もうひとつは結婚してから働き始める数年前まで書いていたものだ。

そういえば、あの頃って何を考えていたんだろうなあ。そもそも、書いていたのだろうか。ふとそう思って、9年前の3月4月頃のブログを漁ってみた。

数本だったけれど、書き残されていた記事を読む。「パンやインスタントラーメン

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我思い書く、ゆえに我あり

我思い書く、ゆえに我あり

夫の仕事が当面休みのため、言ってしまえばこれまでより時間・体力的には楽なはずの外出自粛期間。(ふだんは90%以上ワンオペ)にもかかわらず、妙に疲れるし夜は眠いし、これは単にホルモンの時期によるものなのか、本当に疲れているのか、自分でもよくわからない。

ただ、書くときの集中力は何となく減だ。いや、確かに減だ。能率が悪くなっているなあと思う。割とインドアで出不精なわたしですらそうなのだから、もともと

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そこで、ただ光っていて

そこで、ただ光っていて

震災とか、台風とか、何か社会を大きく揺るがすような出来事が起きると、一気に「何かいいことを言わなきゃ」「励ましになるようなことをやらなきゃ・発信しなきゃ」といった類の言葉が増える、気がする。

それは今の情勢でも同じことだ。猫も杓子も表現する側になれる時代だからこそ、顕著なのだろうとも思う。

「何か自分にできることを」となるのは何らおかしなことではない。わたしも模索している。自分のやるべきことを

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「“きゃりあ”って何それ、おいしいの?」な女子中学生は、アラサーでワーキングマザーになった

「“きゃりあ”って何それ、おいしいの?」な女子中学生は、アラサーでワーキングマザーになった

「卯岡さんはさ、将来キャリアウーマンになるんやろなあ」

滑り止め用の私立高校受験の帰り道、受験したメンバーで駅まで連れ立って歩いている最中に、Sくんが言った。会話の流れは憶えていない。ただ、あまりにもわたしに不似合いなその言葉に、

「ええっ? ないない。あり得へん。いつも思ってるけど、うちのこと買いかぶりすぎやねんて」

と即座に反応した。

彼は、なぜだかいつもわたしのことを「頭がいい」「エ

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図らずも「発信」「表現」を考える時間になった、せやろがいおじさんのトークイベントの話

図らずも「発信」「表現」を考える時間になった、せやろがいおじさんのトークイベントの話

堅苦しくマジメな調子では、子どもに興味を持ってはもらえない。

勉強が勉強になる前に、いかに知的好奇心をくすぐる触れ方ができるかが、ハマるかどうかの鍵だよね……という話をした。

おもしろければ、子どもは食いつく。それが算数だって国語だって音楽だって体育だって。



ウィットに富んだ返し、が下手だ。ユーモアなことに触れるのは好きだけれど、ユーモアなことを発する点に関しては、てんでお話にならない

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揺らぐ光の話を、聴かせて

揺らぐ光の話を、聴かせて

あのとき、ああしていたら、とか。あのとき、何も言わなかったら、とか。そんなことを思わないなんて、無理だ。

人生は一度きりしかなくて、一時停止もスローダウンさせることもできなくて、ただただ残酷に時間は過ぎる。ついこの間まで賑やかにやっていたはずの人たちも、お互いの環境の変化で何となく疎遠になった。「ついこの間」といったけれど、そのついこの間は、もう10年も前の話になる。

それぞれが、それぞれの生

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