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好きな小説

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お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
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はやて 【ウミネコ文庫応募】



 むかし、村に「はやて」といわれる子どもがおりました。この子どもは幼くしてふた親を亡くし、悲しさのあまり誰とも口をきかなくなったのでした。そしてしんせきの家に引き取られたのでした。
 小さなころから誰よりも足が速く誰よりも遠くまで走っていくので、はやてというあだ名がついたのですが、あまりに毎日走り回っているので本当の名前で呼ぶ者がだれもいなくなりました。
 はやては毎日走り回るだけの体力があ

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眠るための廃墟#ネムキリスペクト

眠るための廃墟#ネムキリスペクト

 晩夏、万雷の蝉しぐれ。
 これで終幕とばかりにがなりたてる蝉に耳を裏返され、雑木林の道なき道を奥へと向かっていた。けたたましい蟲とは裏腹に、暑さに澱んだ草木はよそよそしくこの先にあるものを故意に隠しているようだ。風のない道を伸び放題の草を踏んで歩く。汗が染みたTシャツが身体に張りつく不快をどうにもできずにいる。
 しばらく行くと、唐突に鉄塔が姿を現した。それは何かのシンボルのように見えた。例えば

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『東京23区最後の日』1

『東京23区最後の日』1

1 東京じゃないから

 ナオコは毎日トオルとのメッセージのやり取りを欠かさない。
 昨年、地元の高校を卒業して、東京の大学に入学した。いくつかの志望校はあったものの、東京の大学ならどこでもよかった。
 地元にも大学はあった。しかし、ネットで流れてくる若い女性タレントの東京での私生活に憧れないわけにはいかなかった。
「今日は久しぶりのオフ。表参道の新しいカフェでランチでーす」
 しかも、そのアイド

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崖あるきツアー

崖あるきツアー

崖の一本道を歩いてゆく。もっとも、ところどころにわかれ道もあるようだが、それには、だいぶ進んだあと、あれがそうだったのか、という、変てこな気づき方をする。どちらにせよ、ひとりの人間には、一本の道しか歩けないのだ。どこを歩いても、両側は絶壁の崖。単調なくせ、楽ではないこの旅のまにまに、はるか下、崖の底が恋しくなるときだってある。見てごらん、向かって左が、《盲信》の崖。別名、《恍惚》の崖とも云う。ここ

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『古書店における自由研究』

『古書店における自由研究』

「自由研究よ」
 深夜帯にだけ開店する古書店の一角、古びた本棚の脇に寄りかかり、彼女は小さく三角座りをしたまま顔を上げて答えた。日に焼けた本に人差し指を挟んで持ったあと、もう一方の手で黒髪を耳にかけて僕を見上げている。
「カポーティの短編集を読むのが君の自由研究?」
「そう。自由研究よ」
 僕はヘミングウェイしか読んだことがなくて、彼女の言う“自由研究”がどのようなものなのか聞けるほどの知識がない

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掌篇小説『喜助』

掌篇小説『喜助』

かつては駕籠。

時はすすみ人力車。

そしてクルマ。

と、私の一族を数百年、形は変れど、迎えつづける男が独り、いる。

「一族」「貴い家柄」……なんて、笑止千万。昔の話。
乱れ崩れうらぶれた果て、唯独りのこった末裔は、クラブホステスの私。

それでも、迎えはくる。
前当主の父が変死したその日、喜助は私のもとに現れた。
父とは疎遠ゆえ、他人より「○○家当主には迎えの従者が今もいる」と伝説か冗談の

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【短編SF小説】ニュー・シネマ・インフェルノ

【短編SF小説】ニュー・シネマ・インフェルノ

 多分僕は、映画をあまり愛していないのだと思う。
 学校では映画研究部に所属し、月に二、三本は必ずロードショーを観ていた。いや、そもそもそのペース自体、あまり熱心な映画ファンとは言えないだろう。部員仲間には、週に一本どころか、毎日のように映画館に通いつめる者もいた。一体、どこからそんな金を捻出していたのやら…
 そう、例え食うものを食わずとも、映画を観るための金は捻り出す。
 それが真のシネフィル

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小説「老婆」

   (1)

 今日も乞食はいた。

 私の通う中学校は、古い家々の立ち並ぶ、さびれた住宅街の一画にある。我が家もその区域にあって、登下校の道のりはそう長くはないものの、ちょっとした迷路のように何度も角を曲がる。そうして学校の正門に差し掛かる最後の角に、きまってその老婆がいた。彼女は校舎に向かい合う塀を背もたれに、地べたに薄いムシロを敷いてちょこなんと正座していた。つぎはぎだらけの衣服から、日焼

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【小説】うたかたも続けば同じ夢

【小説】うたかたも続けば同じ夢

終電間近の心斎橋で境田爽とすれ違った。
四年ぶりだった。
ビルの煌めきが本当は果てしないはずの暗闇に勝っていて、その谷間を土曜の開放感たちが行き交う。
なんとなく視界に入ってきた。三度目のチラ見で確信した。咄嗟に「爽ちゃん!」と呼びたくなって、蓬莱夏樹は閉口する。あの頃の境田が身に付けていたものなど、もうどこにも残っていないように見えた。キミの知らない時間を生きてきました、と言わんばかりに前を向い

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【小説】推しは浮気を許容する

【小説】推しは浮気を許容する

 ある日突然、家賃と光熱費などを折半する同居人が “中退” を宣言した。
「実は最近、付き合い始めた彼女がいるんだよ。だから正直言うと、もう今までみたいに活動できない」
 なんたる腑抜け野郎か。推しが卒業するまでと誓い合った覚悟を忘れたのか。僕は内心、めらめらと激怒した。
「そっか。良かったな」
 表面上はにこにこと承諾した。喧嘩のできない気弱な性格が幸いしたと言える。怒りを露わにすれば、嫉妬して

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短篇小説|ギはギルティのギ

短篇小説|ギはギルティのギ

 ギルがゆるやかにハンドルを切ると、目の前に青い海が広がった。ネモフィラの花畑を思い出す色彩。セリは息を呑み、わずかな時間、苦悩を忘れた。
「ほんとうに、私の頼みもきいてくれるの」
「もちろん」
 約束だからねと、彼は前方を見たまま答えた。車内にはミントの香りが漂っている。
「どこへ行くの。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「もうすぐ着くよ。それに」
「私は知る必要がない、でしょ」
 セリ

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片方だけの靴下の王国

片方だけの靴下の王国

どうやってそこに辿り着いたのかわからない。
目の前には小顔で大きな金色の瞳を輝かせた王様がいた。
神々しいというか眩しいというか、まさに王様だ。
その王様が曰うた。

「キミが探している靴下はどれだ?」

王様の言葉にドキリとした。
ここに来る前、僕はクローゼットの前で座り込んでいた。
なぜか靴下が片方だけいなくなる。
シャワーの前に脱衣所で脱いで、そのまま洗濯機に入れているはずなのに気がつくと靴

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三人の雪女

三人の雪女

私はたぶん三人の雪女を知っている。

私の母、松田ハルヱは山形県の農家で生まれた。母が生まれてすぐに母の母、私の祖母は体調を崩して他界している。それでも母は三人の兄、二人の姉を持つ末娘として皆から可愛がられて何不自由なく成長したという。そして、十五歳になるのを待たずして年齢を偽り試験を受けて日本赤十字病院に奉職した。南方で従軍していた長兄に会いたいという一心で父親に内緒で受けた試験に合格してしまっ

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掌編 ライカ

掌編 ライカ

 中学に入るまで、父の仕事でわたしは日本各地を転々とした。同じ日本語なのに少しずつ違う言葉、違うブーム(引越し前の小学校ではポケモンがものすごく流行っていたのに、翌週次の場所に行くとカービィが流行っていたりした)、そして総入れ替えされるクラスメイト。わたしは、おそらくまたそう遠くないうちに別れることになるだろう子供たちの顔を、一瞬で覚えて未練なく忘れるという特技を身に付けた。顔は覚えても、一定の距

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