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はやて 【ウミネコ文庫応募】
一
むかし、村に「はやて」といわれる子どもがおりました。この子どもは幼くしてふた親を亡くし、悲しさのあまり誰とも口をきかなくなったのでした。そしてしんせきの家に引き取られたのでした。
小さなころから誰よりも足が速く誰よりも遠くまで走っていくので、はやてというあだ名がついたのですが、あまりに毎日走り回っているので本当の名前で呼ぶ者がだれもいなくなりました。
はやては毎日走り回るだけの体力があ
『東京23区最後の日』1
1 東京じゃないから
ナオコは毎日トオルとのメッセージのやり取りを欠かさない。
昨年、地元の高校を卒業して、東京の大学に入学した。いくつかの志望校はあったものの、東京の大学ならどこでもよかった。
地元にも大学はあった。しかし、ネットで流れてくる若い女性タレントの東京での私生活に憧れないわけにはいかなかった。
「今日は久しぶりのオフ。表参道の新しいカフェでランチでーす」
しかも、そのアイド
『古書店における自由研究』
「自由研究よ」
深夜帯にだけ開店する古書店の一角、古びた本棚の脇に寄りかかり、彼女は小さく三角座りをしたまま顔を上げて答えた。日に焼けた本に人差し指を挟んで持ったあと、もう一方の手で黒髪を耳にかけて僕を見上げている。
「カポーティの短編集を読むのが君の自由研究?」
「そう。自由研究よ」
僕はヘミングウェイしか読んだことがなくて、彼女の言う“自由研究”がどのようなものなのか聞けるほどの知識がない
【小説】推しは浮気を許容する
ある日突然、家賃と光熱費などを折半する同居人が “中退” を宣言した。
「実は最近、付き合い始めた彼女がいるんだよ。だから正直言うと、もう今までみたいに活動できない」
なんたる腑抜け野郎か。推しが卒業するまでと誓い合った覚悟を忘れたのか。僕は内心、めらめらと激怒した。
「そっか。良かったな」
表面上はにこにこと承諾した。喧嘩のできない気弱な性格が幸いしたと言える。怒りを露わにすれば、嫉妬して
片方だけの靴下の王国
どうやってそこに辿り着いたのかわからない。
目の前には小顔で大きな金色の瞳を輝かせた王様がいた。
神々しいというか眩しいというか、まさに王様だ。
その王様が曰うた。
「キミが探している靴下はどれだ?」
王様の言葉にドキリとした。
ここに来る前、僕はクローゼットの前で座り込んでいた。
なぜか靴下が片方だけいなくなる。
シャワーの前に脱衣所で脱いで、そのまま洗濯機に入れているはずなのに気がつくと靴