兄弟航路

文学(小説、随筆、評論、俳句、短歌、詩、戯曲)の海を旅する兄弟。 自由闊達に航路を拓き…

兄弟航路

文学(小説、随筆、評論、俳句、短歌、詩、戯曲)の海を旅する兄弟。 自由闊達に航路を拓き、 新たな出会いと珠玉の文章を探し求める。

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  • 【小説】【童話】の記事

    小説・童話の記事をまとめました。

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最近の記事

【小説】炭酸よりも君が好き

 久しぶりに晴れて、西の空が夕焼け色に輝き、東から刻々と迫る夕闇の、群青色との境界線が曖昧だった。そのグラデーションを背景に浮かぶ雲は、ピンクと紫が溶け合うように、色彩豊かに染まっていた。  高校一年生の風間は、バドミントンの部活を終えて、バス停に向かう途中だった。大通りから外れた道で、左手に赤い鳥居の小さな神社があり、風間の前方を背の高い女子学生が歩いていた。彼女は、自販機の前でふいに立ち止まり、白いブラウスの肩に下げた鞄の中をまさぐった。風間には、ショートカットの後ろ姿

    • 祭りの夜に ~ショートショート500字~

       風鈴と遠花火の音が、母の視線を窓に向けさせた。パソコンの使い方を出来るだけ分かりやすく教えている僕は、どことなく落ち着かない様子の母に苛立った。 「聞いてんの?」 「もちろん。でも、なんだか難しいよね」  呆れて溜め息をついた時、どこかに置き忘れた僕のスマホが鳴った。少し間を置いて、迷惑そうな顔で部屋の中に入ってきた妹は、鳴り続けるそれを手にしていた。 「おう、ありがとう」  知らない番号からの電話だったが、今日あたりに掛かってくる、心当たりはあった。  緊張しながら通話

      • 【小説】家族の存在証明 -後編-

         中学二年の冬、苗字を変えて、母と二人で暮らし始めた。住まいは日当たり不良の安アパートの一角で、風呂とトイレを別々に備えていたが、古畳の部屋が二つあるだけで、延べ床面積はこれまでの五分の一ほどになった。驚くべきことに、俺が通っていた中学校の側だった。  一部で物笑いの種にされていただろう。世間体を大事にしてきた母が、そんなことを気にしていたら生きてはいけないと言い放ち、俺にも強くあることを求めた。  ある日、スーパーマーケットの外で働く母の姿を見た。段ボールを片付けているよ

        • 【小説】家族の存在証明 -前編-

             俺には腹違いの姉がいた。彼女の名前を古くさいと貶していた母が、純子というそれを口にする時、頭の濁音はひどく濁った。憎々しげに、この上なく汚い音だった。  純子と香純。純の読み方は異なり、母の名前に濁音はない。純子は香純さんと呼んでいた。同じ漢字を使うのは運命的な偶然だが、近づけば反発し合う磁石を連想させて、名前すら最悪の相性に思えた。  ねぇ、俺はそう言って純子に話しかけた。決して姉を意味するねぇではなく、どう呼んでいいのか分からなかった。母に睨まれることを恐れ、そもそ

        【小説】炭酸よりも君が好き

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        記事

          【四周年】進水記念日

           当方は、毎年六月八日に、“進水記念日” と題する文章を航海している。本稿は、四回目である。  読者諸賢の中に、毎年恒例と思われる方がいらっしゃれば、我が兄弟航路のファンとして認定いたしたい。過去三回をご存知でない方も、いやいやファンですよ――とおっしゃっていただけるなら、丸四年の旅路を共に祝いたい。  旗揚げから今日に至るまで、兄弟航路のファンは、最低一人、必ずいる。その一人とは、当方の、要するに我が兄弟の、実母である。  還暦を過ぎた母は、デバイスの操作に不慣れだが、朝

          【四周年】進水記念日

          【小説】使い道を知らなくて

           いかに仲睦まじい夫婦でも、生まれ育った環境が違うのだから、意見がたびたび対立するのは当然のことだ。例えば子育てに関して――  実家が自営業の咲良は、子供が小学校低学年のうちから、小遣いを与えてお金の管理を覚えさせるべきだと考える。  一方で、母親がなにかと過干渉だった僕は、中学にあがるまでお年玉も回収されていたから、まだ小学三年になったばかりの奏哉には、必要な物を買い与えればいいと考える。 「親の言うことばかり素直に聞いてると、なにも自分で決められない大人になっちゃう。り

          【小説】使い道を知らなくて

          転機 ~20文字の文学~

          花が散り、人が去り、日陰から今、始まる。 【あとがき】  本稿は、小牧幸助さんが主宰する「新生活20字小説」への参加作品です。惜春と新生活を意識しつつ、20文字ぴったり、というルールに沿って仕上げました。名付けたタイトルは、「転機」です。  当方は、この少ない文字数に畳む形式を日本的だと感じています。短詩形文学はもとより、物を畳む文化は、布団、扇子、ちゃぶ台など、日本人の暮らしに古くから根付いていますね。  今後も補足説明を控え、作品において雄弁であるよう、寡黙に取り組んで

          転機 ~20文字の文学~

          【俳句】弟の句をよむ 令和六年春 

           我が兄弟航路は、実の兄弟の二人組である。共有のアカウントを舟に見立て、文学の大海原にしがない航跡を描いている。  だが、昨年の七月に次女を授かった弟は、育休を宣言し、二人の娘の父として日々奮闘している。近々、新しい住まいに引っ越すようで、まだしばらくは、腰を据えて執筆する余裕はなさそうである。  そんな中でも、筆者の作品を航海する直前は、弟が必ずこの舟に戻ってくる。最初の読者という、唯一無二の役割を担うためである。  感想にしろ、指摘にしろ、それは実に朴訥たる、短い言葉

          【俳句】弟の句をよむ 令和六年春 

          【小説】蝶に宿りて

           愛とは、見捨てないことだと、誰かが言ったそうです。けれど、見捨てるべき人を見捨てられない場合は、愛と呼べるのでしょうか。  結局、私は何度裏切られようとも、母を見捨てられませんでした。  六年ぶりの再会は、歌舞伎町で働いていた頃です。  桜が咲き始めた三月の夜、どこで噂を嗅ぎつけたのか、母は客として現れました。金回りの良さそうな身なりで、目立つ黄色いジャケットを着ていましたが、瞬時に誰か分からないほど年老いて、まだ六十前のはずが、七十くらいに見えました。顔に出る強欲さが、

          【小説】蝶に宿りて

          【小説】かっこつけた成績の上げ方

           甘ったるい声の駒木先生が、あいうえお順に生徒の名前を呼び、英語の期末試験の結果を返却していった。 「倉本くん、百点!」 「おお!」  皆の前で点数を発表されるのは、百点満点の時だけだ。  俺は、首にマフラーを巻いたまま、寝ているふりをしていた。すると、一人だけ順番を飛ばされ、最後に名前を呼ばれた。 「新田くん」  不敵に聞き流した。 「こら! 新田大輔」  後ろの生徒に背中をつつかれてから顔を上げると、皆の視線を集めていた。教壇に立つ先生は、くりっとした目の幅を狭めるように

          【小説】かっこつけた成績の上げ方

          【小説】二梅 -FUTAUME-

           思春期を迎えた女の子は、まるで白梅のようだ。同い年でも幼げな、まだ蕾のままの男の子に先駆け、ちょっぴり生意気な花を可憐に咲かせる。ふとした仕草から、“女” がほのかに匂い立つと、私のような父親は、どきっとさせられ、どことなく不安になる。  或る晩、髪をまとめた万葉が、台所でお手伝いをしながら、千里に何かをねだっていた。二階から降りてきた私は、隣接する居間で文庫本を開き、耳をそばだてた。  どうやら万葉は、お洒落なチョコレートを作りたいようだ。渋る千里は、大雑把な性格を自認

          【小説】二梅 -FUTAUME-

          雪の降る日に ~ショートショート410字~

           雪化粧の庭は、取り澄ましたような顔をしていた。  母は、予定が書き込まれた壁掛けのカレンダーを指でなぞり、はたと思い出したらしい美容室に電話を入れた。 「俺が切ろうか?」  柄にもない提案をすると、母は照れ臭そうに微笑んだ。  板の間の窓辺に新聞紙を広げ、雪見席の美容室を即席でこしらえた。遠方の山並みは、どんよりと垂れ込める雲に閉ざされていた。  母を椅子に座らせると、痩せ細った首に大きな風呂敷を巻いた。マント代わりのそれを洗濯バサミで留めた時、母に同じことをしても

          雪の降る日に ~ショートショート410字~

          小さな祈り ~20文字の文学~

          結局、お年玉を使えなかった。寄付をした。 【あとがき】  手前味噌で恐縮ですが、昨年末に開催された「小牧幸助文学賞」で大賞の栄誉にあずかりました。数ある作品の中からお選びいただいたことを大変嬉しく思います。  本稿も、小牧幸助さんが主宰する「20字小説」への参加作品です。思い描いた物語を20字に折り畳み、「小さな祈り」と命名しました。

          小さな祈り ~20文字の文学~

          【謹賀新年】ご縁のある皆様へ

           謹んで新年のご祝辞を申し上げます。当方は、例年通り祖国で年明けを迎えました。淑気に募る大和魂は、大きく和する国を志した先人の想いを継承することではないでしょうか。  本稿をお読みの皆様とは、noteを介した卓上の航海でご縁をいただいておりますが、この日ばかりは、帰港した心持ちで筆を執っております。  歴史に名を刻んだ文豪も、元日に合わせた作品を新聞などの媒体に寄稿しました。皮肉たっぷりで面白いのが、明治四十三年の夏目漱石です。その書き出しを抜粋して、以下にご紹介します。

          【謹賀新年】ご縁のある皆様へ

          【小説】ふられて尚、単純につき 

           修一郎は、実に単純な男だ。故に、定職に就いていないにも関わらず、恋人と僅か二か月の交際で結婚を確信した。早とちりした報告は、親や友人に留まらなかった。バイト先でも得意満面に触れ回った。そして、交際開始からの日数を律儀に数え、百日目の記念日にプロポーズを決意したが、あまりにも虚しく、その五日前に別れを告げられた。  青天の霹靂の彼に、去りゆく恋人は言った。「女みたいにトイレが長すぎる男は嫌いなの」  翌々週の日曜日、クリスマスイブを迎えた。修一郎は、バイト先のシフト表を休み

          【小説】ふられて尚、単純につき 

          真相 ~20文字の文学~

          そして妹はプレゼントをくれた。母の日に。 【あとがき】  本稿は、小牧幸助さんが主宰するコンテストへの参加作品です。「20文字で小説を書く」というルールに沿って仕上げました。名付けたタイトルは「真相」です。  僅か20文字ですから、俳句より長く、短歌より短く、短詩系文学の類になるやもしれません。ただ、求められているのは小説です。物語性のある一節を意識しました。  あれこれ語りたいことはありますが、あとがきを長々と書くのは言い訳がましいですね。  物書きたる者、作品において雄

          真相 ~20文字の文学~