旅田百子

小説を書いています。海、東京、真夜中、写真、音楽、桃の匂い、冬と8月、昔の少女漫画、又吉直樹、雪と三日月、少し遠くの花火が好き。

旅田百子

小説を書いています。海、東京、真夜中、写真、音楽、桃の匂い、冬と8月、昔の少女漫画、又吉直樹、雪と三日月、少し遠くの花火が好き。

最近の記事

【日記】真夜中のキリンとお菓子

真夜中に、キリンが砂漠で鳴いていた。 見上げれば銀河で、ヒトはわたし以外にいない。 ポケットに水を持っていた。ボトルに入ったものではなく、そのまま。 歩いていく。 キリンは逃げず、そこにいてくれた。 わたしはポケットから水をすくい上げて、どうですか、の仕草をする。 キリンが歩いてくる。星空を背負っているみたい。 目の前までくると、短い毛並みが金色に見えた。 わたしの手には水がそのままの状態で残っていて、キリンが顔をさげてなめてくれた。 手のひらの水がなくなる前に、これは夢だと

    • 【ショートショート】 ワタシたちが生きるように

      「何でも言って」と彼女が笑って、 「じゃあ、金木犀の匂いを包んで」 と、彼がリクエストを出しました。 白紙のワタシを一枚剥がして、彼女がこっそり何かを塗り付けます。そして、折りたたまれたワタシは彼女のポケットに入りました。 こんばんは。ワタシは原稿用紙です。 表紙に目があって、十二ぺージ目に心があります。 天のりから剥がされても、一枚一枚、意識を共有できます。なんだかプラナリアみたいでしょう? もう何年も、彼女のクローゼットに住んでいました。 「誰にも共感されない小説を書く

      • 中目黒の赤い橋の上 【前編】

         三軒茶屋に住んでいた頃、中目黒の相田君の部屋まで、夜更けの246をよく自転車立ち漕ぎで通った。青い自分を丸出しにして。  入り組んだ路地の奥の、四部屋しかないアパートの一室に相田君は住んでいた。そこで見る空は都会らしく狭く四角くて、陽当たりさえ微妙だったけれど、その窓から眺める空が好きだった。  相田君は四季に無頓着で、真冬の深夜にアイスを買いに行こうと誘ってくるし、真夏の午後に鶏の水炊きを振る舞ってくれたりした。秋は薄着で「寒い」と肩を縮めるし、春は厚着で「暑い」と襟口を

        • 【短編】 マキちゃん、

          「大人になると、親友ってなかなかできないものらしいよマキちゃん」  放課後の音楽室で、柔らかい春の雨を背景にして、グランドピアノと向き合ったマキちゃんを眺めながら、いつものように話しかけた。  人を指差すのと同じ仕草で鍵盤を弾くマキちゃんが顔を上げないので、集中力すごいな、と感心しながら、 「大人になると、親友ってなかなかできないものらしいよマキちゃん」  と、同じ言葉をもう一度、さっきよりも少しだけ発音よく口に出した。 「ソ」の音が細く延びて、消えていったところでマキち

          【短編】 西暦2000年、渋谷まで

           どうせなら、未来を読む能力がほしかったな。  良いも悪いも要るも要らないも、躊躇わず振り分けていけるような、感覚のセンサーなら持ち合わせているのに。  十六歳。知らない人の車に乗ると、浜崎あゆみの曲のイントロが結構な音量で流れだした。運転席と助手席の窓は全開。怠い。 「恥ずかしいんだけど」控えめに嗜めてみたけれど、美香の声量はあゆの高音にかき消されて、隣で脚を投げ出している綾にさえ届かないみたいだった。  夜の帳が下りた国道を、浜崎あゆみの歌声が駆け抜けている。宣伝カーみた

          【短編】 西暦2000年、渋谷まで

          【散文】 週末の夜、対岸の花火

          楽しいと、さびしさが増す。 景色がいつもよりも煌めいて見える。 一生忘れたくない時間には、五感を澄ます。 バイバイの後の景色までしばらく澄んでいる。「生」を実感する。 ほんの少しだけ酔っている。さっきまで先斗町で、戦友のような女友達と美味しいご飯を食べていた。 改札の前で見送るとき、離れがたくなって抱きしめた。まるで恋人同士みたいに、照れながら二の腕を触り合ってバイバイ。 駅で弾き語りをしている人がいて、向かいに座っている人はたぶん聴いていた。 月はいつもと同じ色なのに、今夜

          【散文】 週末の夜、対岸の花火

          【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

           コトさんは、かつて靴でした。  今は、駅のそばの路地裏で、小さな靴屋を営んでいます。  コトさんが靴だった頃、隣にはトコさんがいました。対になったスニーカーの、コトさんは右で、トコさんは左でした。  靴たちは、気に入られれば買われてゆき、履かれたり、あまり履かれなかったり、人間次第の運命です。  あまり外へ出られない靴は、暗闇で過ごすかわりに、人間並みの寿命を全うできましたし、頻繁に履かれる靴は、あらゆる場所へ行けるかわりに、短い生涯をおくることがほとんどでした。  コ

          【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

          百年前の句の中に

          尾崎放哉を読んでいる。 百年前の句の中に、今を生きる人と何も変わらない感覚と孤独が存在していた。馴染み深く、ありふれていない。 百年前の町並みをスマホでのぞけば、月のように遠く感じられるけれど、情景や生物を見つめるその心情は、なんて近いのだろう。 私の目に映るものは、なぜか泣けてくるものばかりだ。 みんないつか死んでしまうし、自分自身がそう。そんなことを考えると、たまらなくなる。 人や動物や物や自然。気温とは無関係なぬくもり。ただひとつの時間を寄せ合って生きている。 とて

          百年前の句の中に

          【#創作大賞感想】 いつかおとなになるこどもへ

          おとなって、とても寂しい。 こどもの頃よりも不器用になることがあるし、何かを守ろうとすると、知らず知らず傷だらけになっていたりする。 「タクトト」は、詩と日記を織り交ぜたエッセイであり、「とと」から「たくっち」への手紙である。 そのときは、きっとそうするしかなかったことが、千切れそうな感情で綴られている。 痛みながら進むしかなかった、悲しさ、悔しさを、ちゃんの自分の心と体で引き受けた、その姿勢と眼差しが残されている。 「タクトト」は、悲しい。 だけど、悲しみで終わってはいな

          【#創作大賞感想】 いつかおとなになるこどもへ

          【詩】 あたらしい夜

          言葉に囲まれて生きている。 どこを切り取っても言葉が在る。 言葉はいつも、誰かに何かを伝えようとする。 できるだけいい言葉がよくて、焦りながら探している、ずっと。 本を読んでも写真を眺めても、音楽を聴いても自然を感じても、ありふれた言葉しか出せない。 捻り出すようにしてやっと書けている。 ときどき、宇宙の底に立っている気分になる。 人気のない路上で、ぜんぜん特別じゃない夜空を、ただ見上げているとき。 そうすることで、今ここにいると実感する。 見えないものは、馬鹿にされるか美

          【詩】 あたらしい夜

          「     」「    」

          〈今日の夕日をあげる。写真だとわかりづらいけど、なかなか見られないくらい大きいから!〉 うーん、撮り直してもやっぱり微妙になる。今見ている夕日をまま、写真に残せればいいのに。そんな残念な気持ちになりながらも、送信。きっと一瞬の眩さだから、少し先にある歩道橋を目指す。歩道橋の上で夕日を眺めながら音楽を聴けたら最高だ。何を聴こう。 交差点に近いビルの下で、勢いよく曲がってきた自転車を避けた。信号が青に変わると、大人も子供も、下や前を向いて歩き出す。オレンジに近いクリーム色が街を染

          「     」「    」

          【短歌】 忘れもの

          夕暮れの終わりの音を聴いている等間隔の街灯の蜘蛛 キャンディーの甘い香りが浮かんでたユニットバスの湯舟の波間 花柄の変色語る壁紙に染みた煙草も誰かの歴史 懐かしいビタミンカラーの炭酸に思い出だけが溶けない明日 「なくさないように」と繋ぐ手のひらを監視カメラが記憶する恋 自販機の照らす範囲に踏み込んで静寂も鳴くことを知る真夜中

          【短歌】 忘れもの

          【詩】 不器用

          誰かの心の底にある、きらっとひかるものを見つけると泣けてしまう。 ちょうど、そんな気持ちでした。 心はすぐに混線します。 けれど根本的にシンプルです。 ひと言でまとめるなら、愛の話です。 あまり長い話になると、読み飽きられてしまうでしょうか。 ぎゅっと短くしてみようかな。 これではなにも伝わりませんか? でも、伝わってもらえますか? この日本語はおかしいでしょうか。 言葉を使い間違えると、なぜ駄目なのでしょう。 馬鹿だと思われるだけなら、私は気にしません。 ここにあるもの

          【詩】 不器用

          【短歌】 ラブソング

          夢で見た知らない街の戦争で目覚めた朝にホッとしている エッセイが読めなくなった 世界から悲しみだけが届いてしまう 読みかけの本の隙間に落ちていた髪の毛だって僕の分身 時間より真っ直ぐ届くものがある 「ラブソング聴く?」 救われている 空を見ることが好きで、いつも空を見上げている。 そのまま思いっきり息を吸いこむと、なんていうか、細胞が総入れ替えをおこして体内が澄むみたいな、そんな感覚に一瞬なる。 幸せな気持ちで今日を生きている。 私が私の世界で生きているように、誰かに

          【短歌】 ラブソング

          夢、夢だからハイウェイ

          神保町が好きだ。小説が最も身近に感じられる、出版社と古書店の街。なんとなく日陰っぽくて、昼間でも路地が静かな街。働いていた街。下町人情が現存する街。とにかく本と出会える街。 夢のことを書こうと思って、見出し画像は書店にしようと「神保町」で検索したら、うどんが出てきた。これを見た瞬間に「丸香」だと分かって、自分が誇らしい。 澄んだ出汁のいりこの味がよみがえる。 麺の食感とか……食感とか。 店員さんが注文を聞きに来る直前まで、冷やかけのことを考えていたのに「釜玉の並、お願いします

          夢、夢だからハイウェイ

          【短歌】 三日月に誘われて

          三日月の下のコンビニ入ったら違う世界だったらどうする? 「さみしい」と声に出したら猫が来て一緒に路地を歩いてくれた 「絆」って実態がなくて気が重い……でも左は「糸」だし軽いか 諦めるたびに大人になるようで体の一部が反対します 三日月の下のコンビニを出たから魔法が解けた カエルが鳴いた 目が悪いことで遠くの民家の灯りがみんな星に見えます 君からの〈おやすみなさい〉が嬉しくて 耳に音楽が鳴っている夜 この街の不自由さを忘れるほどの日々にいた君の街の三日月 【あとが

          【短歌】 三日月に誘われて