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小説、エッセイなど

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書いた小説、ちょっと長いエッセイをまとめています。感想いただけると飛び跳ねて喜びます。
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#エッセイ

アイスを愛す

アイスを愛す

頭が痛くて、整体に行った。
ズキズキする痛みだった。
それでも、肩から下は元気なつもりだった。

けれど、蓋を開けてみれば、足がぱんぱんで、前傾姿勢になっていると言われた。
二足歩行に進化しても、私は前傾姿勢で生きていたらしい。
ビタミンCをとるように言われて、「一階のスーパーで買います」と調子の良いことを言った。
一階までちゃんと向かった。動く歩道が運んでくれた。
でも、スーパーの入り口まで来て

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一粒のひかり、泳いでゆく藍の空

一粒のひかり、泳いでゆく藍の空

遠く。遠くの遠くで、どんと何かが鳴った。
どんどん。どん。
深くて重たい響きが田舎の静かな空気に染みわたって、帰宅して車を降りたばかりの私の耳に届いた。
あっ、と思った。
1年越しの音だった。
8月の夜。どこか遠くの空に、鮮やかな花が咲いている。咲いては消え、消えては咲く儚い花が。
それを知らせる合図の音だった。

確か今日は、川向こうで花火大会をやっているのだった。
バイト先で聞いた話題を頭の隅

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祖父との時間 再掲

祖父との時間 再掲

「湯たんぽ、お母さんのところに3つ入れてあるから、いらなかったら持ってきて」
祖父はそう言って、自室のある二階へと上がった。



秋が深まり、水分を失った葉がかさかさと掠れる音が鳴る時期から、祖父の仕事がひとつ増える。
湯たんぽを入れて、布団に運ぶ仕事だ。
別に役割分担があるわけではないが、祖父はその仕事を当たり前のようにやってくれている。
祖父の仕事は他にもある。
お風呂を沸かすために石油は

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麗しき楔

麗しき楔

この一世に、なるべく多くの重たい楔を打ち込みたいと願う。
できる限り深く。できる限り強く。

楔(くさび)とは、過去と今、そして未来の自分が同じ人間であることを克明にこの身体に教え込むための贈り物だ。

この地球という広い舞台にねじ込まれた楔に、前触れもなくもう一度出会う度、人はきっと何かの記憶を思い起こすはずだ。

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現世のあ

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恋も揺れ、愛も揺れ。

恋も揺れ、愛も揺れ。

幸せになるために必要なものなんて、最小限のはずなのに。
それを抱きしめて生きることがどれほど難しいことか。

少し冷えた冬の日。
滲み始めた星が、風に吹き飛ばされそうな夜。
駅に向かうあなたの背中。追いかける私の弾む肩。
手を伸ばせばすぐに届く距離だった。
あなたのシャツの裾を握りしめるなんて、容易いことだった。

だから、手を伸ばさなかった。
そんな、理由で。
今では、もうどんなに手を伸ばしても

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君がひとつの空気になって

君がひとつの空気になって

あなたが顔をくしゃっとさせて笑うとき、いつもあなたの周りには春風が吹いていた。
あなたはいつも私の春だった。
あなたといれば、私も春の空気の一部になれた。
あたたかくて、誰も傷つかない世界の。

君とは、
つまらない、くだらないことでよく喧嘩したね。
だけどさ、根っこの部分、本当に解り合えない部分には、お互い棘を刺さなかった。
解り合えないことを分かっていたから、そこは目を伏せて、解り合えそうなこ

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拝啓 親愛なるすべての方へ

拝啓 親愛なるすべての方へ

お元気ですか?

日常の忙しなさから少し離れた時、
混沌のなかでいつのまにか作られた規則に従って生きている自分に気づきます。

本当の意味では、この世界のことを何一つ分かることなんてできないのに、ずっと答え合わせをされない正解を探して生きているように思えて、時に息苦しさを感じます。

社会の歯車の1つ、もしかしたらもっと小さな部品かもしれない自分の存在ですが、作り出された規則に何の逡巡もなく生きる

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Photograph in my life

Photograph in my life

写真を撮る。
写真を撮られる。
写真を撮ってもらう。
写真を撮ってあげる。
写真に映る。
照れるあなたの袖を引く。
写真に映す。
あなたとの時間を。
シャッターを切る音が鳴るたびに、
その瞬間は明瞭な過去になっていく。

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カメラを向けられたときに何を思うか。
早く撮ってくれと思うのか。
何でこのタイミングでと不平を言うか。
もしくは思考停止した頭で、

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歌を忘れたカナリヤ

歌を忘れたカナリヤ

それは、朝ご飯を食べた後、食器を洗っているときのできごとだった。

リビングにあるTVでは、録画してあった「BS日本・こころの歌」が流れている。祖父と祖母はまだ食事中で、2人合い向いになって座っていた。

湿度の高い空気が充満したキッチンに、水道から流れ出る水と食器が重なり合って複雑で繊細な音を立てる。

その合間に、一瞬祖母の声が混じった。

「もっと大きな声で…」

何か注文をつけるような言い

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川越の夜 冬

川越の夜 冬

これから記すのは、一昨年の冬の記憶。

川越駅で電車を降り、ショッピングモールに向かって歩く。

乾燥した空気を肌に受けながら、知らない誰かを抜き去り、また他の誰かに抜かれていく。

スマホを見ながら器用に歩く大人たちの人混みに流されるように、改札をくぐり帰路へつく。

寒さが、痛い。

マフラーを2周、ぐるっと首に巻き付け、余りはマスクの上にも巻いておく。

念には念を。

マスクとメガネ、そし

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長月の残月に手を伸ばす

長月の残月に手を伸ばす

今日、朝目覚めたとき。

いつもと何かが違っていた。

布団のなかで現実と夢とを行き来しながら、もがくように動かす腕や足が何やら軽かった。

上半身を起こす勢いを使って布団を半分に折りたたみ、重力に従って再び身体をベッドに預ける。

ばふっという音と共に身体は沈み込む。

その姿勢のまま両足を上に向け、ばたつかせる。

奇怪な行動ではなく、もちろん理由がある。

そのあと、眠い頭でブリッジをした。

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One scene of my youth 恋とか愛とかまだ分からないけど

One scene of my youth 恋とか愛とかまだ分からないけど

思えば、彼はよく気がつく人だった。

また、彼は大雑把に見えて、実は真に細やかな人でもあった。

そして、そばにいる人に安心感を与え、欲しいときに欲しい言葉をくれる人でもあった。

そのくせ、私のためにならない優しさは、決して与えなかった。

溶けるほどの愛情を注ぎながらも時には、苦しい表情で突き放す。

時折見せるそんな大人びた表情が嫌いで、そして何よりも尊く感じた。

馴れ合いに走らない彼の心

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