怪我の功名ならぬ入院の功名
私が文章に目覚めたのは
きっと小学2年生の冬だろう
今でも鮮明に覚えている
それは1月3日の出来事だった
お正月なので叔母とイトコも来ていた
夜になって家族全員で
お正月の晩御飯を食べようとしていた時だった
あまりの腹痛により私は椅子から転げ落ちた
そしてそのまま父に車に乗せられ
急患で病院に連れていかれたのであった
お正月の病院は混んでいた
みんな具合が悪そうな感じであった
どれだけ待っただろうか?
やっと順番が回ってきた
先生は触診をしてから
異常に痛がる私を見て色々な検査をした
そしてそのまま急患で入院になった
急性虫垂炎(盲腸)であった
明けても暮れても24時間ずっと点滴をされた
他の患者さんが食事の時間が来ても
私は急性虫垂炎(盲腸)なので食事は出ない
3日目に父に泣いて頼み込み
食事を出して貰えるように懇願した
その日の晩に食事が出た
白いお粥の上澄みと薄い具がない味噌汁であった
食事が出た事が嬉しく夢中で食べた
食事が出来る事に初めて感謝した
それ以来は食べれるタイミングには
なるべく食べるようにしている
入院して4日後には祖母が来た
父と付き添いを交代する
病気で弱っていたし知らない場所だったので
父がいなくなったのは寂しかった
私がパパっ子だったのもあるだろう
祖母と交代した数日後の回診には
大勢のお医者さんと看護師さんが見にきた
私は恐怖を感じ不治の病にかかったと
勝手に1人で思い込み落ち込んだ
実は手術をする予定だったみたいで
手術関係の医師と看護師さんが
様子を見に来ただけと後で知った
点滴がきいてきた私は暇になってきた
小児科の隅の外れには本棚があった
そこは小児科の本棚で
退院する患者さんが寄付したりしていて
小児科に入院している患者は
好きに読んでよかった
私は祖母に頼み本を持ってきて貰った
暇だけはあったので
点滴されながらであったが本を沢山読んだ
その頃になるとオヤツも食べれた
1日に林檎が4分の1だったと思う
祖母と半分づつ食べた記憶がある
そのまま2週間ぐらい入院していた
手術はしないで済んだ
どうも点滴がきいて
切らないでいい事になったみたいだ
2週間の入院で私は
文章を読む楽しさを知ってしまった
年齢が上がるにつれ読む本は変わってきたが
やはり紙ベースの本が好きである
きっとあの時に入院しなければ
本も読む事もなく文章を書く事もなかったと思う
怪我の功名といえばそうなのかも知れないが
私が手に入れたモノは大きかったと思う
そして今はnoteで文章を書いている
きっとこの時が
全ての始まりだったんだと思っている