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かんてん的鉄道写真まとめ

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高校・大学・社会人…かんてんが歩んだ鉄道写真を少しずつ上げて皆さんと振り返りたいなと思う場所。 特に腕は期待しないでください。 古のやつ出てくる可能性アリ
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#写真

Turn.27『神の国からの遣い』

Turn.27『神の国からの遣い』

 現在は世界初の交通手段としてDMVが走行する阿佐海岸鉄道。
 徳島県の県端と高知県の室戸岬方面を結ぶこの鉄道ですが、かつてはしっかりと鉄道が走行していました。
 日本で唯一、電車を有しない都道府県
なので車両は軽油で稼働するディーゼルカーが主役。
 しかもこの阿佐海岸鉄道、自分がこの写真を撮影した時の記憶として鮮明に今でも覚えているのですが日中にも関わらず閑散時間が異様に長い為、
『給油の為に運

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Turn.26『出世車両』

Turn.26『出世車両』

 こっちも今回更新しておきます。
 前の投稿はいつかなぁ〜なんて呑気に遡ってみたら、2ヶ月も前でビックリ。いやぁ、何してんだろう…俺…
 さて、そんなショゲる空気は置いておいて、今回から少し気長に始めていきましょうか。
 今回は久しぶりの京阪電車。たまぁに中川家・礼二のネタに取り上げられるあの会社です。複々線とか、急行電車とか。中川家・礼二氏の観察眼を養う原点にもなったようで、個人的に京阪が関西に

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Turn.25『小さな電車を探して②』

Turn.25『小さな電車を探して②』

 毎日が最近暑いでございますね。
 なのでまだまだ夏真っ盛りの話をしても多少は許されるのではないでしょうか(そういう事じゃあないんだよな)。
 という訳で始まります。
 写真は前回の①からの続きです。
 めがね橋…で撮影を終えた後に、楚原駅から乗車して在良?だったかに移動する前に撮影したモノです。
 小さな電車同士による離合を記録しました。
 実際の大きさというのは全然小さく、日本人の小柄さ…(そ

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Turn.24『ようやく?』

Turn.24『ようやく?』

 先月の某日…でしょうか。
 南海電車に乗車した時の事をここに記しておきます。
 その際、最近に『グッドデザイン賞』を受賞した話題の車両である泉北9300系に遭遇しました。
 既にこの形式によって泉北の旧式車両である3000系は大半の編成が置換え完了。
 現在は3000系の影も薄くなり、しっかりと置換えが進行している状態となっております。
 車両としては先行して製造された南海8300系と車体自体は

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Turn.23『小さな電車を探して①』

Turn.23『小さな電車を探して①』

 最近の写真になります。
 つい最近ですが、三岐鉄道の北勢線に乗車・撮影をしてきました。
 三岐鉄道といえば、自分の中では高校生以来ずっっとセメント貨物列車で有名な三岐線には何回も遠征をしていましたが、北勢線は初の事になります。
 さて。この北勢線ですが、全国の中でも非常に有名な事があります。
 それは、車両の大きさと線路幅が非常に小さい事にあります。
 車体の小柄さは有数な…ですが、特に有名なの

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Turn.21『家族の記憶』

Turn.21『家族の記憶』

 今回も阪急です。
 車両は、知る人ぞ知るレアな車両。
 ある意味で助っ人的な存在ではありますが、この車両を狙う為に朝の神戸線に何回も通いました。
 朝の神戸線…
 それがピタリと浮かんだ方、その話です。
 今回の車両は、8200系。
 阪急の中でも異端中の異端な車両で、扉にはワイドドアを採用し、かつては座席収納機構を搭載して朝ラッシュ時には乗客をとにかく詰める事に全力を振り切った電車でした。
 

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Turn.19『おかえりなさい』

Turn.19『おかえりなさい』

 あまりにも嬉しかったので、この記事を作っております。感動がもう最高潮に達しているのですが…
 遂に。この色の京阪電車が帰ってきます。
 中之島線開業に伴って塗装を白系の塗装『シティ・コミューター』に変更し、以降は全ての編成が検査を受ける度にその白系の塗装に変化していきました。
 今回はKマークの復活があるかどうか…となりますが、京阪では2200系の周年イベントに伴い再びこの塗装が復活します。
 

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Turn.18『熊本の地下鉄』

Turn.18『熊本の地下鉄』

 久しぶりに九州ネタを記しております。
 最近は北海道に甲信越に関西に、話題がかなりありましたからね。
 この前の話です。
 Instagramを開いて情報を見ていたところ、熊本電鉄で6000形の赤帯復刻をするとの情報が。
 平成9年頃に都営地下鉄から譲渡された際の1番最初の塗装で、熊本での活躍後は順次青帯に変更されていきました。
 熊本電鉄の6000形自体に様々な形態があり、中には新性能台車を履

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Turn.17『朝の嗜み』

Turn.17『朝の嗜み』

 前回連載分では、『コロナ禍パンデミックの過ごし方』
 として早朝に大阪へ戻ってくる貨物列車の撮影をしていた話をしましたが、今回の話も若干やそれに近くなるような話題です。
 撮影時期は令和2年。
 丁度コロナ禍の1番最初に差し掛かっていた時期の撮影だったように思うのですが…
 もうパンデミックが何だと騒いでいた時代はとうに終了し、時期の経過は若干頭から抜け落ちているのが現状と言いましょうか。
 さ

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Turn.16『孤独への癒し』

Turn.16『孤独への癒し』

 前回記事から2回連続で読むと、
「お前さんまた釜ネタ書いてやがる…」
と思われそうですが、この話に関しては極力触れずにどうぞ。(なんやねん)
 今回の写真は、令和2年に撮影したEF65形による松山貨物駅の開業記念ヘッドマークである『スーパーライナーいよ』を装着したEF65形の貨物列車の話です。
 現在でもおそらく残存していますが、このヘッドマークを装着する事になった列車は新鶴見方面から5087列

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Turn.15『営団の美に酔う』

Turn.15『営団の美に酔う』

 令和になってもこんな車両が走行していた事には、現在でも軽い衝撃を感じます。
 令和5年の1月頃に引退した、長野電鉄3500系です。
 この車両の元を辿ると、営団地下鉄日比谷線の3000形となり、日比谷線が開業したばかりの『初代』の車両という事になります。
 登場は昭和36年で、長野電鉄時代まで含めて計算すると実に62年もの歳月走った事になります。
 当初は日比谷線の方に車長制限があったので、車両

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Turn.13『一生の思い出と後悔の話』

Turn.13『一生の思い出と後悔の話』

 平成30年の頃。
 この時期から自分は様々な場所に目的を持って移動し始めます。
 母親が家を留守にするので、その時期にダブらせて自宅を出て夜行バスで日帰りとか。そんな感じの事をし始めた矢先の話になるのですが、少し不穏な噂が流れ始めます。
 立山黒部のアルペンルート、長野県の扇沢から富山県の黒部ダムまでを運転する『トロリーバス』が電気バスに転換されるというニュースです。
 この情報を聞いて、自分は

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Turn.11『凱旋走行』

Turn.11『凱旋走行』

 113系は順次活躍の場を減らし、写真の緑色をしている113系…京都地域色の113系は京都方面での活躍を終了し、現在は福知山口で僅かに活躍を続けるのみとなっています。
 そうした中で、実は友人に誘われて所謂『凱旋』的なモノを撮影した事がありました。
 それがこの写真です。
 確か、嵯峨嵐山駅だったかと。
 大学生の時期で、この時期には一人暮らししていた大阪を離れて京都に里帰りしている時期でした。薄

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Turn.9『思い出の祖谷』

Turn.9『思い出の祖谷』

 JR四国から2000系気動車が引退したのは一体今から数えてどれほど前なのでしょうか。
 だいぶ経過したような気持ちもありますし、まだ走ってそうなんだよなぁ…という気持ちにも。
 ここでの『2000系気動車引退』は特急/南風からの引退を指します。現在でも2000系気動車は四国全域で活躍中で、変わらぬ走りを予讃線・土讃線の高知以南では継続しております。
 写真のような堂々とした編成はもう見る事が出来

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