Turn.26『出世車両』
こっちも今回更新しておきます。
前の投稿はいつかなぁ〜なんて呑気に遡ってみたら、2ヶ月も前でビックリ。いやぁ、何してんだろう…俺…
さて、そんなショゲる空気は置いておいて、今回から少し気長に始めていきましょうか。
今回は久しぶりの京阪電車。たまぁに中川家・礼二のネタに取り上げられるあの会社です。複々線とか、急行電車とか。中川家・礼二氏の観察眼を養う原点にもなったようで、個人的に京阪が関西にある事は1つの誇りでもあります。
と、今回はそんな話ではないんです。
写真は3000系(2代目)です。
確か小学生の時に撮影しました。場所は前後の記録も含めて分かるんですが、そこから総合して恐らく大和田です。
あの有名な『大和田のS字』ですね。
臨時列車が走行する時なんかは非常に撮り鉄…ギャラリーで溢れます。
そんな場所で撮影した京阪3000系。
この写真、実はかなり貴重なんです。
察しの良い方、分かるでしょうか。そう、この写真、
『貫通路がブチ抜かれて見れなくなってしまった』
んです。
そして同時に、現在はLED式になってしまった前照灯。これまた懐かしいもんです。
京阪3000系は登場から若さ10年か経過しないうちにかなりの改造を受け、かなりの変化を遂げました。
順番にすると。
・中之島線が営業成績伸びず頓挫
↓
・中之島線で快速急行に就業していた3000系の撤退、本線集約化
↓
・そのままの形態で特急として走行
↓
・特急歴の長さを鑑みて、鳩マーク設置工事への準備
↓
・貫通路に鳩マーク(電照式・フルカラービジョン)の設置
↓
・プレミアムカー挿入、一部有料座席へ
と、現在に至るまでにここまでの変化をしています。
鳩マークが挿入されるのは自分が高校に進学して平成27年以降少し…なので、数年近くだけ見られた過渡期の姿になるといった感じでしょうか。
現在の姿とは全くかけ離れてしまった車両ですが、まさかこの登場からまもない姿で特急運用に就業している記録があるのは想定外中の想定外でした。
訳もわからずカメラをブン回していた延長線ではあると思いますが、改めて記録した自分に拍手…
本当にこの頃の京阪電車ってのは楽しかったなぁ…。