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みなさまのたなごころ撰集

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これは私だけの、と云いながら、その宝箱とやらをどうしても人の目前でぱっと開けて見せたくなるというのは、どうやら生来人間に根を張っている欲求らしい。たなごころ撰集だなんて、それっぽ…
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記事一覧

短編小説 「昼下がりの君へ」

短編小説 「昼下がりの君へ」

コトッ、昼食のタンパクサンドを食べ終え、庭でくつろいでいると、芝生に金属製の球体カプセルが降ってきた。見上げるといつもの赤い空が見え、飽きもせず太陽が輝いていた。僕が産まれる前は空は青かったらしい、とはいえ、金属が落ちてくるのは珍しいことだった。

こういう時は、ダンの出番だ。ダンは僕の友達、そして、僕の家族。ダンは家の二階全フロアを自分の部屋として使っていた。僕の部屋は一階のこの庭に出入りしやす

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【掌編小説】ヒーロー

【掌編小説】ヒーロー

公園のしげみの裏に座りこんで、だんごむしをころして遊んでいた。
それを父親に見つかったとき、彼は、
「かみさまのところへ返してあげたんだ。えらいね。」
とぼくの頭をなでて微笑んでくれた。
「ぼく、えらいの?」
「そうだ、きみはヒーローだ。」
彼は、ぼくが小学生になるころには、もう家からいなくなっていた。

      ***

ある日、おなじ行為を目にした母親は、こわい顔をしてぼくに怒った。
「そ

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ほどよく傲慢なあなたへ|小説|エイプリルフール

ほどよく傲慢なあなたへ|小説|エイプリルフール

新着メッセージ 1件
from:小錦「死ぬほど困ってます😭😭😭」

またかよ。
クソ上司のパワハラに耐えながら、なんとか終業時間を迎えて駆け込んだシャトルバスの中、ため息がこぼれる。
冷え切ったスマートフォンの新着メッセージを目にした瞬間、疲労がどっと押し寄せたように感じた。
しかめっ面を隠そうと、思わずマフラーに顔をうずめてなんとか取り繕う。だけど抑えきれず、隠しきれない目元に苦虫を噛み潰

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小説『安楽死装置に並んだけれども一向に列が進まない』

小説『安楽死装置に並んだけれども一向に列が進まない』

 安楽死装置を無料で体験できると聞いて行くことにした。
 どうせもうこの世に未練はないのだ。自分が死ぬことで離れて暮らしている親にも保険金が入るだろう。こんなことで保険金をもらったって嬉しくはないだろうけれども、何はなくとも先立つ物は大切なのだ。
 会場に着いた。すでにものすごい行列だった。こんなにたくさんの人間が死のうとしているのかと思うとうんざりする。わたしばかりが死にたいのだと思っていたのに

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【短編小説】期間限定の恋人

【短編小説】期間限定の恋人

「それ、本気で言ってる?」

女の言葉に、男は肩をすくめる。

「嘘みたいな話だけど、本当だし、本心から言ってる。」

女は口を噤んで、考え込む仕草を見せた。

「無理に、とは言わない。」

「・・でも、このまま断ったら、私はあと3ヶ月、ずっと気になってしまうし、張元くんが嘘を言うとも思えないんだよね。」

女は、はぁっと深く息を吐く。張元と呼ばれた男は、その様子を見て、心配そうに「すまない。」と

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短篇小説【窓のない夜】

短篇小説【窓のない夜】

          1
 
ちびた鉛筆を最後まで使う為のキャップを、私はその時初めて見た。
シルバーの金具に小指の先位になった鉛筆が差し込まれている。
斜めに傾げたちゃぶ台の上、インスタントコーヒーの空き瓶の中に
それが無造作に3本突っ込まれていた。
初めて寺岡泡人(ほうじん)のアパートに行った時、
暖房器具の一切無い冷え切った部屋で私は、
その寂しげに光るシルバーのキャップをずっと見詰めていた。

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恋文の呪い | 小説

恋文の呪い | 小説

 今日はありがとう。楽しかったです。
 書いているのは前日だけど、楽しかったに決まっているので。貴重な休日を私にくれてありがとう。
 いまね、大学のカフェでこの手紙を書いているの。あと少しで卒業かと思うと、時の流れの速さにびっくりしてしまいます。あなたと出会ってからもうすぐ4年。あっという間でしたね。
 あなたがこれを読んでいるということは、もう会わないと私から伝えることができたのでしょう。そのつ

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短編小説『屹立』

短編小説『屹立』

それは、中年の痩せた男が大木に背中を預け、立っている様な絵だった。何故"立っている"ではなく、立っている"様"なのかと言えば、その男が既に死んでいるからだ。
題名は『遺体』。
その男の胸にはナイフが深く突き刺さっており、そこから赤い筋が白いシャツの裾に向かって流れ、ズボンにまで伸びている。シャツの上に描かれた顔には絶望からの弛緩が見て取れた。静的だが、インパクトのある絵だ。嫌に生々しく、リアリティ

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【小説】ホタル

【小説】ホタル

せまいアパートの一室で。瞳から成って、頬を伝い、顎の先から、透きとおったようなその一粒が、落ちる。あの時、瑞葉が言ったとおりの方法で、いま、ぼくは精神と生活から解き放たれようとしている。神さまなんて信じていなかった、あの時。

***

「辛いことがあった時はね、自分のためではなくて他人のために哀しんで、他人の幸せを祈るようにして涙を流すの」

「なんで、そんなことを?」

瑞葉は、こうして不意に

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CAさんがさっきから

 CAさんがさっきから「お客様の中に云々」と言っているのでイヤホンを取って耳を澄ませると、「お客様の中に機長のお父様はいらっしゃいますか」と言う。いるわけないだろと思ったけれども、そういえばおれは機長のお父さんだったような気がしてきたので「父かもしれません」と名乗りあげると、「それはよかった、こちらです」と操縦室に案内された。

 ドアをノックして「父だが」と操縦室に入っていくと、おれよりも明らか

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めざめようか

めざめようか

 中学校のときの同級生の伊藤くんが交通事故にあって、植物状態になってしまった。そのニュースはすぐにメールで回ってきた。
 彼の家庭は複雑で、彼には両親がいなかった。お父さんはひとりっ子の彼をお父さんの両親の元に置いていって別の女性と結婚し、そのあと行方をくらましたそうだ。
 お母さんは彼を産んで数年後に若くして亡くなっていた。
 だからずっと父方のおじいさんとおばあさんが彼を育てていた。そのおふた

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