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毎月一本、オリジナルの短編小説を発表しています。 日常に彩りを加えられる様な作品を志しています。 「えいがひとつまみ」というブログも運営しています。 ちょっと変わった映画考察が読めるブログです。 是非ご覧下さい! https://eigahitotsumami.com

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小説【さようならの国】四章

           1   私はその時志乃さんの表情から、介護人と利用者という関係性からは少し度を超えた様な何かを直感的に汲み取っていた。 私がマリーさんの姿が見当たらないと言った時のあの志乃さんの表情。 後から考えれば、私がその日このさようならの国へ来たという事が、何かの運命で予め決まっていた事の様に思えてしまう。 「かこちゃん、最後にマリーさんを見たのいつだったか覚えてる?」 志乃さんの顔にそれまでの柔和さは一つも見当たらなかった。 私の肩に志乃さんの指がきつく食い込ん

    • 小説【さようならの国】三章

                 1   伊能真理の最も幼い頃の記憶は、生きたコオロギをとかげに食べさせている母親の横顔だった。 焦げ茶色に輝く小さな昆虫を箸で器用に摘まみ、虚ろな目をしたとかげの鼻面にそれをチラつかせると、瞬く間にその昆虫は姿を消してしまった。 それをじっと見つめている母親の恍惚とした表情を、真理は忘れる事が出来なかった。 戦後まだ間も無く、家は粗末なバラック小屋で、裸電球の薄暗い板間に、つるりとした背中の一匹のとかげ。 おしどり粉ミルクのブリキ空缶には、近所で捉まえて

      • 小説【さようならの国】二章

                  1 藤野あかねが最初にその少女と出会ったのは、東京オリンピックの開会式の日だった。 珍しく父親に映画に連れて行かれたその帰り道、新橋駅前の街頭テレビの前に黒山の人だかりが出来ていたのをはっきりと覚えていた。 小さな画面に押し合いへし合い見入る人々の黒い後頭部。 秋空に飛行機が描いた五輪のマーク。 日本が戦後たった20年足らずで成し遂げた復興と経済成長は、まだ幼かったあかねにも何だか誇らしく感じられたものだった。 赤い大きなリボンが付いたお気に入りの帽子を

        • 小説【さようならの国】一章

                     1   山腹のつづらおりの木々の切れ間に、さようならの国は突然その姿を現した。 左右に2つの大きな尖塔を従え、壁にはモミジヅタがびっしりと覆い、ガラス窓には空いっぱいに散らばったイワシ雲が静かに映り込んでいた。 灌木が鬱蒼と茂る前庭に人の気配は無かった。 一番近いと聞いていたバス停から20分も歩いてやっと辿り着いた私は、その異様な雰囲気を一瞥して既に不安と後悔を感じ始めていた。 「有料介護ホーム あかねの里」というのがその建物の正式な名称だった。 しかし

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        小説【さようならの国】四章

          短篇小説【その夜の惑星】

                     1   その人は北国の生まれだと言っていた。 ひと月と十日ばかり過ぎる頃合いになると、何の前触れも無く現れてその人は静かに鏡と向き合った。 空港という場所柄、予約の客よりも飛び込みの客の方が多かった。 その人は毛先を少し整えた後、漆黒の色に肩までのストレートヘアを染めていった。 搭乗時間から逆算して、たっぷりと時間にゆとりを持ってその人は現れる。行先はその都度違っているようだった。 あまり世間話が好きなタイプには見えなかったので、必要最低限の事以外は話し

          短篇小説【その夜の惑星】

          短篇小説【雨に煙る】

                     1   滝川自動車教習所の入所申込用紙の上部、希望科目の欄の普通自動車MTの所を歪な形の丸で囲んだ。 散々悩んだ末に、その日僕は周りの同級生たちとは少し違う選択をした。 教習所の教室の窓からは傍を流れる滝川の河川敷がよく見えた。 岩の上から釣り糸を垂らしている老人の頭上に、一筋煙草の煙が細く立ち昇っている。 その頭上の鉄橋を通勤快速の列車同士がすれ違う。 更にその上を大きな翼に風を受けて、一気に空高く上昇したとんびが一匹旋回していた。 群青色の雲は今にも

          短篇小説【雨に煙る】

          短篇小説【生まれ、変わる】

                     1   「ねぇ、私達、友達としてやり直してみない?」 そう言ってきたのは、5年前に離婚した元夫のお義母さんだった。 ちょっと照れた様にはにかみながら、彼女は濡れた髪を風になびかせていた。 確率で言ったら宝くじの高額当選に匹敵するのではないかと思う。 生まれて初めての海外一人旅で東南アジアの島々を巡っていて、たまたま目にしたポスターに惹かれて参加したスクーバダイビングの体験ツアーで、元姑とボートの上で鉢合わせるなどという事は。 何の宗教の何と言う神様の思し

          短篇小説【生まれ、変わる】

          短篇小説【雪中の狩人】後篇

                     8   翌朝早く、ソファで目覚めるとキッチンの椅子に座っている聡子が目に入った。 分厚い毛布を肩に掛け、手に持ったマグカップの中身をじっと覗き込んでいる。 ピンクの前髪の隙間から虚ろな目が見えた。 もしかしたら眠っていなかったのかも知れない。 俺の寝惚けた頭の隅には、さっき迄見ていた夢がこびり付いたままだった。今は何処で何をしているのかも分らない嘗ての恋人の顔と、俺がこの手で命を奪ってしまった男の顔。 忘れたくても忘れられない記憶が、あれから20年経とう

          短篇小説【雪中の狩人】後篇

          短篇小説【雪中の狩人】前編

                    1   朝から降り続くぼた雪で庭が白く覆われていた。 古いストーブの薪がバチっと爆ぜる度に、タルホは僅かに尾を揺らす。 町の郵便局の軒先で産み捨てられていた5匹の内の、最後に残った1匹を貰ってきたのがもう3年前だった。 右耳が少し垂れているが、岩手犬の血が入っているはずだと、犬に詳しい郵便局の職員が言っていた。 今では随分便利になったもので、猟犬の調教動画などが簡単に検索に引っ掛かる。 タルホはとても優秀な猟犬に成長していた。 平生は雪と雪との間に山へ入る

          短篇小説【雪中の狩人】前編

          短篇小説【窓のない夜】

                    1   ちびた鉛筆を最後まで使う為のキャップを、私はその時初めて見た。 シルバーの金具に小指の先位になった鉛筆が差し込まれている。 斜めに傾げたちゃぶ台の上、インスタントコーヒーの空き瓶の中に それが無造作に3本突っ込まれていた。 初めて寺岡泡人(ほうじん)のアパートに行った時、 暖房器具の一切無い冷え切った部屋で私は、 その寂しげに光るシルバーのキャップをずっと見詰めていた。 寺岡泡人は世間から忘れられた男だった。 90年代の終わりに3冊の詩集を出し、そ

          短篇小説【窓のない夜】

          短篇小説【泣き虫たちの島】

                    1   2階席から振り下ろされるスポットライトが眩しくて、視線を彷徨わせている内に舞台最前列の端の席に圭(けい)が座っているのが目に入った。 大きく身体を動かして手拍子をしている。 亜希がフィドルのネックで俺の方にそれを知らせる。 曲はチェコの民謡を亜希がアレンジした舞曲。 6人編成のバンドは打楽器を担当する俺と、 弦楽器を担当する亜希以外のメンバー全員ヨーロッパ出身の演奏家だった。 それぞれがトランペットやコントラバスにチューバ、アコーディオンやバンジョ

          短篇小説【泣き虫たちの島】

          短篇小説【閑話休題 目黒不動 丑三つの刻】

                       1   長火鉢の中で炭がこけ、薄い煙が天井に昇っていく。 それを合図に障子の磨りガラスを通して月明りが部屋に射し込み、 畳の上にぽてっと落ちた。 視線を上げると庭木の風に揺れる影が障子に映っている。 ああ、時間がまた伸びる。 樹は目を細め、冷えた指先を火鉢に当ててゆっくりと息を吐いた。 明日の出立の準備は整っている。 まだ暗い内に家を出て駅まで歩かなくてはならない。 中々寝付けず、何を考えると無しに炭を弄りながら夜が更けていった。 遠くで犬の吠える声

          短篇小説【閑話休題 目黒不動 丑三つの刻】

          短篇小説【閑話休題 西荻窪13時15分】

                  1   今からかれこれ20年以上前の事。 世間知らずの次男坊だった俺は平和ボケしたやや足りない頭と、 無計画で安易な夢だけを持って不景気真っ只中の都会に 飛び出してきていた。 これはそんな俺が新築マンションの広告チラシをせこせこと他人様の宅の郵便ポストに投げ入れ日銭を稼ぎ、駆け出しの手品師をやっていた頃に聞いたちょっと不思議な話だ。 新宿から中央線快速で15分。西荻窪の北口改札から歩いて5分。 いやに細長い雑居ビルの地下にある小さな劇場がこの話の舞台だ。 そこ

          短篇小説【閑話休題 西荻窪13時15分】

          短篇小説【閑話休題 新宿駅23時30分】

                    1                                宇都宮線の終電が視界から消えた後、 4番線ホームに残っていたのはその赤いコートの女だけだった。 チカチカと明滅する蛍光灯の灯りに身体の半分を浮かび上がらせ、 クリーム色のタイル地の壁を背に立っていたその女は、消え入りそうな白い肌から白い息を吐き、 向かいの5番線ホームの地面の辺りをじっと見詰めたまま動かなかった。 終電と業務終了のアナウンスが駅構内に響き渡る中、 その赤いコートの女に近付いて

          短篇小説【閑話休題 新宿駅23時30分】

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】後編

                16   トキの耳に届くのは馬の荒い息遣いと、木の車輪が土を削る音だけだった。どれだけの時間が過ぎたのか見当も付かなかった。 後手に縄で縛られ目隠しもされていた。 それでも隣にミミが眠っているのが分る。 その小さな背中の上下の動きだけが、トキの心を何とか落ち着かせていた。頬に微かな風を感じる。目元の布を越す明かりが段々と薄れ、 日が暮れてきているのだろうとトキは思った。 双子の娘2人と役人住居の簡素な部屋で昼食を取っている時だった。 広場の方から大きな爆発音が聞こ

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】後編

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】中編

                  10   ヨギがその男に差し出せるものは白い封筒の手紙以外に無かった。 護身用の短刀も旅籠に置いてきていた。 夜明けの森の中で、今ヨギは「赤目」と向かい合っている。 その男は見た所20代後半位で長い髪を後で束ねていた。 目の周りは赤く隈取られ、鼻から下は白い布で覆われていた。 背は然程高く無かったが、がっしりとした体躯は一見して鍛え上げられた人間である事が分かる。 何故ここにいるのか、その理由を明かすのが一番安全であろうとヨギは考えた。 「この手紙は私の弟のテ

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】中編