高山羽根子 『暗闇にレンズ』 : 世界に対する〈謙虚さ〉の長所と短所
書評:高山羽根子『暗闇にレンズ』(東京創元社)
高山作品は『うどん キツネつきの』『オブジェクタム』につづく3冊目で、私のとっての初の高山長編だが、残念ながら、著者の長所が生かされない作品になってしまっているように思う。
著者の長所とは何か。
私が思うに、それは「テーマや主張を作らない」ということであり、言い変えれば「作者として『この作品は、こういう作品だ』というような作り方をしない」ということになるのではないだろうか。
本書にも、
もちろん、未知江が作っていたのは「ドキュメンタリー映画」であって、本書作者の作っている「小説」ではない。言うまでもなく「小説」というのは、「ドキュメンタリー映画」に比べて、圧倒的に「創作」の度合いが高く、素材への依存度が低い。
しかし、本質は同じである。人は、ゼロから物を作るのではないからだ。
高山羽根子は、評価の別れがちな作家で、高山を評価しない人の言い分の多くは「何が言いたいのかわからない」と言ったところにあるだろう。つまり、わかりやすい「筋立て」や「テーマ」や「オチ」が無い。読み終わって「著者の描きたかったもの」がよくわからない。一一そういったところではないだろうか。
一方、高山を高く評価する読者の多くは、そういう「わかりやすいエンタメ小説」に、飽きたらない人たちなのではないだろうか。そんな「どこかで読んだことのあるような、お定まりのパターン小説なんか、読むだけ時間の無駄」とか「お子様ランチは要らない」などと考えるような読者なのではないだろうか。
だが、言うまでもなく、高山羽根子が書きたい小説とは「わかりやすいエンタメ小説」ではない。作者が意図的にこしらえられるような、安上がりな「こしらえもの」ではなく、作者が精一杯、誠実に「描出しようとした世界」から『望みもせず生まれてしまう火花のようなもの』を求めての、創作なのではないだろうか。
つまり、高山羽根子は、しばしばSF的な題材を扱ったり、キャラクターが立っていたり、リーダビリティーの高い文体を持っていたり、といった「エンタメ作家」的な長所を持ってはいるけれども、本人が「小説書き」という行為に期待しているものは、「娯楽提供」などではなく「世界創作の恩寵」のようなものなのではないか。その意味では、高山羽根子が(「直木賞」ではなく)「芥川賞」を受賞したというのは、きわめて妥当なことだったのではないだろうか。
そして、本作である。
本作もまた、そのような「意図」によって書かれた作品であろうことは、ほぼ間違いない。
本作は、「映像を撮ること・視ること」と「人間」との関わりを描いているが、それが「(一義的に)どういうものである」とか「どうあるべきだ」などという「著者としての結論」を下してはおらず、またそのつもりもない。ただ、映像と人間との関わりというものを多面的に描きながら、『そうしたすべての隙間から、望みもせず生まれてしまう火花のようなもの』の発出を期待していて書いたのが、本作なのではないだろうか。
一一しかし、そうした作者の期待は「不発に終った」というのが、私の評価である。
私は、作者のこのような「創作姿勢」を支持する。しかし、それが必ず成功するものだなどとは思っていない、ということだ。
作者が今回の失敗から学ぶことがあるとすれば、それは「長編小説」を持たせるためには、著者の「書き方」は「背骨に欠ける」というようなことではないだろうか。
もちろん、これは比喩的な表現であって、「プロットをしっかり立てろ」とかいった話ではない。
そうではなく、高山の「世界」と向き合う姿勢が、いささか状況依存的であり、あなた任せであって、短編であれば、そういう姿勢でも「たまさか」火花を生むこともあるし、それで充分なのだけれども、長編の場合、その程度の(火力の)火花では、長編小説という重量に見あわず、その世界を支えきれないのではないか、ということである。
つまり、高山羽根子に求められているのは、「世界と拮抗する、作者自身の世界観の強度」なのではないか。
世界との、全身全霊を賭けた「ぶつかり合い」があってこそ、そこに力強い火花が生まれうるのではないか。単に世界に対して謙遜に、世界の声に忠実であるだけではなく、自身の不完全さを承知の上で、それでも自身を賭けて世界に対峙する姿勢があってこそ、開示される世界もあるのではないかと、私にはそう感じられるのである。
世界に対して、もうひとつの世界である「私」を賭けて、全身全霊でぶつかるという姿勢は、「世界を創る」などというエンタメ的な不遜さの対極にある、「謙遜さ」なのだと私は考える。
高山羽根子には、そうした「身を捨ててこそ」という「謙遜さ」において、作家的な強度を高めてもらいたいと思う。
初出:2020年10月12日「Amazonレビュー」
(2021年10月15日、管理者により削除)
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