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創作ものがたり

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2021年8月の記事一覧

俺の勝てない苦味

俺の勝てない苦味

「何だよそのルイボスティーって、美味いの?」

俺は彼女が座って横に置いたペットボトルを目にして聞いた。

「何、知らないの?」

彼女はクスッと呆れたように笑う。

「知らねーよ、そんなシャレた飲みものなんて」

俺は少しムカついて彼女から目を背けた。

「これはね、太陽の国からの贈り物」
「何だよ太陽の国って!あ、なんだよ、パッケージに書いてあること読んだだけじゃん」
「バレちゃった?」
「バ

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落ちないシミ

落ちないシミ

お気に入りのTシャツにシミがあった。
原因は分からない。
なんのシミかも分からない。

ただ、そこに、あるシミ。

1度洗ってしまったが故にもう落ちないシミ。

位置も位置でTシャツのド真ん中。

最悪。

落ちない。

いくら洗っても落ちない。

洗剤をつけて擦っても、重曹をつけても、
何しても落ちない。

でもクリーニングに出したくない。

誰かの手で落とされるくらいなら
私が意地でも落とした

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溜まる毒

溜まる毒

消毒とはつまり、毒を消すことである。
書いてあることをそのまま脳内で読んで私は

「なら私が生きてきて溜まった体内の毒は何で消毒できるんだろう」

と思った。

30年生きていながら、趣味、特技何も無し。
特別変わった自慢できることもない。
強いて言うなら、仕事中にロッカーの前でぺちゃくちゃ喋っては笑う、あの女たちの物真似が出来るくらいかな。

誰に披露した訳でもないけど、家の鏡の前でたまに自分だ

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父さんの魔法のペン

父さんの魔法のペン

このお父さんのペンは魔法のペン。

なんと画面にすいすい絵が描けちゃう魔法のペン。
でも壁に描いても何も映らないんだ。
すごいでしょ?

僕はこのペンを学校に持っていったら人気者になれるぞって思って、こっそりお父さんのカバンからタブレットとペンを抜き出して学校に持って行ったんだ。

でも僕には何にも描けなくて。
パスワードも解けなくて「嘘つき嘘っ子」と言われてしまった。

だってお父さんは、ここに

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僕にとってあかねちゃんは

僕にとってあかねちゃんは

大好きなアイドルあかねちゃんの日めくりカレンダーが出たから買ったんだ。

本当に本当に可愛くて、あるだけで毎日が楽しみになった。

1枚捲る。

今日は私服の日。可愛いなぁ。
大きめのチェックのシャツをワンピースのように着て、海に足だけ浸かってる。
こっちに向かって笑顔で水をかけるその写真がとてもとても愛おしい。

あかねちゃんはチェックがとても似合うので、僕もよくチェックを着ている。
今日もチェ

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最も残酷な助かり方

最も残酷な助かり方

私は間違えてしまったのでしょうか。
愛する娘の、育て方を。

生まれた頃から本当に可愛くて。
一人娘だったから余計、旦那と私で可愛がった。
欲しいと言ったものは全部買い与えて、可愛い服を着せて。
それはそれはとてもいい子に育ったの。

お友達も沢山いて、毎日幸せそうに笑う娘。
中学2年生になってからもずっとニコニコ可愛い、私の自慢の娘。

だから間違えたなんて、思いたくないの。

私は今、娘と出か

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息子と気球

息子と気球

「パパー、あれ」

息子が空を見て言った。

「あれはね、気球って言って、空飛ぶ風船だよ」

私は曖昧に答えた。

「空飛ぶ風船?風船だって空飛ぶよ。おれも前風船からパッて手放したらさ、飛んでったもん。空高ーーーく飛んでったもん」

息子の的確な返しに、ぐうの音も出ず、私は一瞬黙ってしまった。
この場合何を言うのが適切か、でもあれは何を飛ばしているかわからない。変な答えを出して、息子に嘘を教えるの

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人を呪わば穴二つ

人を呪わば穴二つ

私は、街の工場で働く作業員だった。
そして先日病死し今ここ、天国と地獄の狭間の
魂選別所に来ている。
当たり前であるが、色々な人がいる。
全員、私と同じ日に亡くなったのだろうか。

選別の順番待ちのため、雲で出来たソファの上に座っていると、私の横に小学3年生くらいの男の子が座った。

「君も、昨日亡くなったのかい」
「うん」
男の子は1回頷いた。

「おじさんはさ、なんで死んじゃったの?」
「唐突

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尻尾

尻尾

彼の家からの帰りに猫を見かけた私は、迷うことなく近づいた。
1歩、2歩、近づくと猫は警戒して少しずつ下がる。

でも、少し私に興味があることは分かる。

だって、しっぽが揺れているから。

「嘘がお下手ね、猫ちゃん」

また私は1歩近づく。
1歩下がる猫。

もし人間にしっぽが生えていたなら、嘘を吐き通すのは難しいんだろうな。
感情に比例して、神経を通して直ぐに動いてしまうもの。
無意識に動いてし

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とある私という清掃員の人生

とある私という清掃員の人生

清掃員になって、もうすぐ10年が経つ。
まもなく私は普通の社会の定年、の上の定年を迎え、職が無くなる。
私は75歳。よく頑張ったものだ。

このビルは何も変わらない。
やることも至って変わらない10年だった。
毎日地下の駐車場の前から箒、モップがけをし、14階まであるビルのエントランスを清掃する。
その中で私はとても興味深く思うことがあった。
それは、人、である。
私に挨拶をしてくる人もいれば、ゴ

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夢のような世界

夢のような世界

雨が降る外。男女がソファーに座らずもたれ掛かり、テーブルを前にして横並びで話をしている。
女は本を読んでいる。

「俺は夢のような世界に生きたい」
「例えばどんな?」
「わたあめで出来た雲の上の世界」
「わお、ファンタジー。可愛いね、サンリオみたい。他には?」
「俺自身がめちゃめちゃ強くて他の誰も俺に勝てない世界」
「ジャンプみたいだね。でもそれ絶対天涯孤独だよ。はい、次」
「はい次て。まぁいいけ

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NMNL,I'm alive with M.

NMNL,I'm alive with M.

これを全部手首に着けて、最前列戦争に参戦していたのは、もう何年前の事だったかな。
大好きな音楽を全身で求めに行く、どんなシャワーより快感な音の雨。
それがライブ。今、そこに生きてることを実感させてくれるそんなライブ。
私の生きがいだった。

大人になってからもっともっと行けるものだと思ってた。
学生のうちはお金が無いから遠くは行けないねって友達と近くのライブハウスに通って好きなバンド増やして。

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雨と錠剤、夏の性。

雨と錠剤、夏の性。

「それにしてもさ、女は楽でいいよな。ピル飲んでおけばいいんだから」

私は、その男の言葉に腹が立ちました。

だってそうでしょう?
勝手に人の中に出しておいて、笑いながらそんなこと言える神経はきっとどうかしている。

曇った空の下、私の部屋で笑いながら、男は脱いでいた服を着る。

正直私はこの男を好いていた。
いや、より正しく言えば、気になっていた。
天真爛漫で笑顔が絶えない人。私には無いものを持

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最期は君と近くで話したい

最期は君と近くで話したい

今から君に僕のタイムリミットをお見せしよう

僕に残された時間が僅か60秒になるからだ

いつから見えるようになったかは忘れたが
とうの昔のことだったと思うよ

だから最期になるであろう今日の今、
僕は君のもとへやってきたんだ

君は僕に何をしたい?

何だっていい
恨みがあるなら殴ってもいい
むしろそれは今やらないと永遠に後悔するぞ
だって僕はもうすぐ0の瞬間を迎える

この命の終わる瞬間を

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