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人を呪わば穴二つ


私は、街の工場で働く作業員だった。
そして先日病死し今ここ、天国と地獄の狭間の
魂選別所に来ている。
当たり前であるが、色々な人がいる。
全員、私と同じ日に亡くなったのだろうか。

選別の順番待ちのため、雲で出来たソファの上に座っていると、私の横に小学3年生くらいの男の子が座った。

「君も、昨日亡くなったのかい」
「うん」
男の子は1回頷いた。

「おじさんはさ、なんで死んじゃったの?」
「唐突だねぇ。まぁ、いいんだけど。肺の病気でね」
「ふぅん。じゃあおじさんは天国に行けるのかな」
「いや、おじさんは天国には行けないよ」
「どうして?」
「おじさんは、人を殺してしまったことがあるからね。人を呪わば穴二つ。私は、地獄だ」
「えぇ、そうなの。とてもそうは見えないよ」
男の子は驚いて私の全身を見た。
確かに私は人を殺せなさそうなヒョロヒョロな体型をしている。自覚している。

「ははは、そうかそうか。まぁ、後にも先にもあの1回だけだからね」
「でも何か理由があったんでしょ」

男の子は足をバタバタさせながら言う。

「ふふ、こんなことを君に言っても仕方ないかもしれないけど、おじさんの仕事場にね、人の悪口ばかり言って、人のことをこき使う、悪い悪い上司がいたんだ。みんな嫌いだったよ。あいつのせいで仕事を辞める人間が後を絶たないくらいね。で、そいつがある日私に酷い悪口を言ってきてね。その日はとてもイライラしてて、ついカッとなって手が出てしまった。1発だけ殴ったんだが、その後アイツがよろけて…。打ちどころが悪くてそのまま死んでしまったんだよ」
「……」
「結果、私は人殺しになったが悔いは残っていないよ。私はみんなの為にあいつを殺したんだ。この先、あいつがいない職場でみんなが楽しくやってくれたら、それでいいと」
「おじさんは、自分がいなくなった先のことまで考えているなんて、賢いんだね」

男の子はニコッと笑った。

「賢いだなんて。まぁ、生前は『己の無知を恥じよ、自分の欲に溺れるな』を座右の銘にしてたからね」
「ざゆーのめー?」
「心に、ずっと持っている言葉のことだよ」
「ふうん。でもさ、さっきの話の限りだと、やっぱりおじさんは悪くないはずだよね」
「…まぁ、その時の私はそいつを殺す気だったのは間違いないからね」
「そっか」
「君は間違いなく天国に行けるはずさ。ぼうや」
「でも、おじさんは人のために殺したんでしょ」
「あぁ、そうさ!だから悔いはない!私だけが苦しい思いをするなら、それでいい!」
「……ふぅん」

男の子は何か言いたそうだったが、私が選別官に呼ばれてしまったため、そのまま別れた。
案の定、私は地獄行きだった。

後ろを振り返ると男の子はがこっちを見ていた。
私の娘と、同い年くらいかもな。
小学4年になる、自分の娘の顔を思い出す。
幸せに暮らせよ。と心で呟き、私は地獄の門をくぐった。

1、2時間くらい気を失ってただろうか。
目を覚ますと周りは業火に包まれていた。

「私はこれからここで生きるのか…」
いや、もう死んでるけれど、という自分へのツッコミを飲み込み、覚悟を決めると、後ろから声が聞こえた。

「おじさーーん」

業火の中を走っているのはあの男の子だった。

「な、君!?なんでここに!?」
「気づいたら、ここに」
「何かの手違いなはずだ、閻魔大王に話に行こう」
「ううん、おじさん僕はここでいいんだよ」
「え?」
「僕はね、ここでいいんだ」
「まさか…君…」
「ううん、僕じゃないよ」
「僕じゃ、ない?」
「僕のママがね、人を殺したんだ」

炎が一層音を立てて勢いを増した。

「僕はね、ママに殺されたんだよ」
「……でも、なら尚更なぜ君が地獄に…」
「人を呪わば穴二つ、なんでしょ」
「え」
「おじさん。入った人の穴に、きっと底は無いんだよ」
「…」

脳裏に、娘の顔がよぎる。
まさか、そんな、まさか。

「人殺しの子どもは、結局人殺しの子どもなんだよ」

「そんな…嘘だ……」

「あとね、おじさん。僕思ったんだけどさ。
『己の無知を恥じよ、自分の欲に溺れるな』だっけ」
「あぁ…」
「おじさんの動機、本当に人の為だったのかな」

男の子は何も言わない私を見て、去った。

私は地獄に響き渡る声で、泣いた。
あまりの熱さで涙は出た後にすぐ消えてなくなったがそれでも構わなかった。

私は、自分のしたことに、ただひたすらに泣き続けるしかなかった。

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