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最期は君と近くで話したい


今から君に僕のタイムリミットをお見せしよう

僕に残された時間が僅か60秒になるからだ

いつから見えるようになったかは忘れたが
とうの昔のことだったと思うよ

だから最期になるであろう今日の今、
僕は君のもとへやってきたんだ

君は僕に何をしたい?

何だっていい
恨みがあるなら殴ってもいい
むしろそれは今やらないと永遠に後悔するぞ
だって僕はもうすぐ0の瞬間を迎える

この命の終わる瞬間を

ほら、瞬く間に迫ってくるぞ
もう40秒を切っている

泣く意味がわからないな
時間の無駄だとは思わないか?

あぁ、君の時間はまだ十分あるのか
それなら無駄なんてないな

ただこの僕の60秒、もとい残りの30秒を
君に渡した意味を考えて欲しい

なんて僕の勝手なお願いだけどね、ふふ

君なら
残された時間を有意義にしてくれると思ったからだよ

そうこう言っている間にもう20秒だね

君は慌ててあたふたしながら泣いている

本当に、僕にしたいことは無いの?

君は黙って頷く

君は変わっているよ

表示は最後の10秒に変わる

10

じゃあ最後に

9

僕から君に聞いて欲しいことがある

8

僕はずっとね

7

君のことが好きだったんだ

6

こんな風になるまで言えなくて

5

本当にごめんなさい

4

だから僕がいなくなってもさ

3

君は絶対幸せになってよ

2

約束だよ

1

またいつか会えたら

0

その時は、僕が幸せにしたいな

僕は倒れる

走馬灯のようなものが流れる中薄れる意識で
君の泣いている顔を見た

泣かないで、泣かないでよ
笑って…

そこで僕の意識は終わる。


「……やっと、終わった」

目の前で1人の男が倒れたあと、泣いていた女は涙を拭いて膝から崩れ落ちる。

女の近くに警察が1人。
泣いていた女の肩に手を置いた。

「よく頑張りましたね」
「……はい」
「最近、また増えてきたから気をつけないとですね」

警察は周りにいた警官達にアイコンタクトを取り、男の死体を処理し始めた。

「こう言った類の距離を詰めて暴走してしまうストーカーは」

倒れた男にブルーシートがかけられた。

「でも…ちゃんと対処していただけて助かりました」
「いえ。この世の中、接近迷惑行為は死刑ですから」
「私が殺したようなものなんですかね…」
「いえ、そんなことはありません。この男も、本当は分かっていたはずです。誰に何のために訴えられて、この余命宣告を受けてしまったのかを」

世は2065年。
一人一人が距離を開けて生きる時代に、不用意に近づき迷惑をかける者には罰則が与えられた。
それは執行猶予付きの余命宣告。
執行猶予の期間は迷惑行為によって違い、長くて1週間、短くて1日だ。
この男の場合は女性に対し長い間ストーカー行為による精神的苦痛を与えたため、2日間の執行猶予であった。だから断じて長くはない。
ただ、その間に「女性への迷惑行為を改める」と、監視している警察に締約出来れば余命宣告は解除されたはずなのだ。

「でも、命よりも、あなたに近付きたかったのですね彼は」
「……」

それは今、認められることではない行動

ただ昔は許されたことだった行動

近づき、話しかけることがストーカーになってしまう世の中になるまでは

「昔は…好きだ、と思われたらこんな怖い思いするのが普通だったんですかね」
「いや、昔のストーカーの定義はもっと違ったみたいです。でも昔と今とは、違うんですよ」
「…そう、ですね」

男の簀巻きは運ばれていき
現場には警察とその女が残った。

「それでは、お気をつけて」
「はい、ありがとうございました」

世の中は徐々に変わっていく
それは良い方向か悪い方向か

ただこの世界で、あの日から
『接近迷惑行為防止法』が施行されてから
また別の犯罪が増えたことは言うまでもない

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