俺の勝てない苦味
「何だよそのルイボスティーって、美味いの?」
俺は彼女が座って横に置いたペットボトルを目にして聞いた。
「何、知らないの?」
彼女はクスッと呆れたように笑う。
「知らねーよ、そんなシャレた飲みものなんて」
俺は少しムカついて彼女から目を背けた。
「これはね、太陽の国からの贈り物」
「何だよ太陽の国って!あ、なんだよ、パッケージに書いてあること読んだだけじゃん」
「バレちゃった?」
「バレるも何も説明になってねぇからすぐ変だなって思うよ、誰だって」
「ふふふ」
「笑うんじゃねぇ」
彼女に笑われたことが妙に悔しくて俺はまた彼女から目を逸らす。
俺と彼女の出会いは、1軒のバー。
彼女がバーテンで、俺が客。
3つ歳上の25歳の彼女の、浮世離れした色っぽさに惚れた俺が徹底的に通いつめて、アプローチした。
で、ようやく付き合えて今日は初めてのデート。
だけど俺は失敗ばかり。
調べてあったレストランの内2つが本日店休日だった。予約してなかった俺も悪いが。
映画も昨日のチケットを2枚取ってしまっていて、本日のその時間は完売。
入場すら出来なかった。
彼女が観たいと言っていた映画だったから、あらすじまで下調べして徹底準備したのに。
で、今は河原の階段で座ってお茶を飲んでいる。
俺はブラックコーヒー。
とは言っても、本当は俺はカフェインアレルギーだから、飲めない。身体が痒くなるのを我慢して、ちびちび飲み進める。
なんとなく彼女にバレたくなくて、痒くなったらさりげなくそこの肌を握る。
なんなんだよ。畜生。それも含めて全然格好よく出来ねぇ。
ブツブツ文句を言いながらふと彼女の方を見ると、彼女が俺の方を向いて微笑んでいた。
「な、なんだよ」
「可愛いなぁと思って」
「バカにすんなよ。男だぞ」
「男も女も関係無いよ。可愛い」
「うるせぇ。どうせ俺は何も格好よく出来ないよ」
俺は立ち上がって、階段を3段降りた。
「どんなに頑張ったって、お前とはこのくらい離れてる」
彼女は黙って自分の膝で頬杖をつきながら、俺を見つめている。
「どんなに調べたって、お前より世間を何も知らない」
少し首を傾げて、「ふーん?」と彼女は笑う。
「…くやしい」
「うん」
「…むかつく」
「うん」
「……追い抜いてやりたい」
「…うん」
俺は3段上がって元の位置に戻る。
「でも今、俺は隣に座れるようになれた」
そして座り直して、言った。
「物理的にだけどな」
「うん」
微笑みながら俺を見つめる目。
全てを見透かすようなその瞳にウッとなりながらも俺は続ける。
「お前の隣にいても恥ずかしくない男になる。知識もだけど、色々。いい男になってやる」
彼女はルイボスティーを一口飲んで、遠くの空をまっすぐ見て頷いた。
「うん」
「だからまずは、お前が飲んでるそのお茶を教えてくれ」
俺は彼女に手を出し、ルイボスティーを受け取った。
「知ってるよ。あんたは、その味を」
彼女は3段上に上がって、大きく伸びをした。
俺は、黙ってルイボスティーを飲む。
確かに知っているこの味。
どこか良質なハーブティーのような、ジャスミンより優しい味で、バニラのような後味のこのお茶。
この味は、
「…いつも作ってくれる、カクテルに入ってる」
「正解。カフェインレスなんだよ、そのお茶」
「でもなんで。俺アレルギーのこと言ってないだろ」
…どこか、格好つかないから。
「緑茶ハイとか、ビール以外のカクテルとかは基本、顔が赤くなって身体も変になるから飲めないって言ってたでしょ」
「それだけで?」
「世の中にはそんな人がいっぱいいるの」
「……」
「お客様が本当に飲みたいお酒を考えて出すのが、私たちの仕事だから」
「…適わねぇよ」
「やっぱり、これだけ離れてるからね」
3段上で彼女は笑う。
参った。やっぱり俺はまだ敵わない。
「色々、一緒に知っていこうよ」
彼女が上から手を伸ばす。
「…うん」
俺はその手を掴みに2段上がる。
夕暮れの中陽をバックに立つ彼女も美しくて、
ずっと一緒にいたいとおもった。
口の中には、俺が買ったコーヒーではなく、苦味のないルイボスティーの味がしっかり広がっていた。
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