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堀井隆秀
2020年5月27日 18:15
僕は会社をやめて、29年生きてきてはじめて、自分で人生を歩みだした気がしています。会社をやめたとき、自分の中の「自分」をできるだけ深く見つめようとしました。その時のことを、できるだけ赤裸々に書いた文章です。正しいことは書いていないと思います。一人でも、読んでくださる方がいれば、うれしいです。(これは3/29に投稿済みの記事を、キナリ杯にあわせ、再投稿したものです。多くの方に届くかも
2023年1月1日 07:27
20220627めずらしくイライラした。自分のことではないのだけど、側で勝手にイライラした。親の言動に傷つけられたという感情、悲しみや怒りを持つことと、親に感謝することは両立する。どうしてこの2つの感情が1人の中にあることを、認められない人が多いんだろうか。むしろ、それらが併存してしまうことこそが、人を悩ませるということに、なぜ思い至らないのか。まして、どちらかを正解として、誰
2022年12月26日 06:45
20220620「ヴィパッサナー瞑想って、マインドマップみたいなことですか?」と瞑想をご一緒した方に質問をいただく。マインドマップはアイデア出しや思考の整理に使われる板書の類。何か一つ中心となるトピックを決めて、そこから関連内容を枝分かれさせていく。連想を広げていくことでアイデアを探す手がかりとしたり、情報の流れを整理したりする。ヴィパッサナー瞑想の、やり方の説明として、「中心
2022年7月23日 07:06
20220208昔「内観は瞑想ですか?」ときかれたことがあった。そのときは、そうですね、となんとなく答えた。今思えば「場合による」が適当な答えだったのかもしれないとふと思う。たぶんその時投げかけられた内観って言葉は、内省、内面を観察することくらいの意味だったんだと思う。その内観/内省が、意識の変容を、凝り固まってしまった思い込みを解きほぐすことをうながすのかどうか。そこが内観が瞑想
2022年2月24日 07:06
20211018やっと瞑想の宣伝をする気になった。いや、宣伝というか、瞑想ええよ〜と言いふらしてオススメしたい気はずっとある。この身に起きた体験として、瞑想いいわあと感じ、これならおすそ分けしたいなと思ったからこそ、みずからの事業の一つとして始動した。じゃあ何にためらいがあったのかといえば、宣伝の方法だった。瞑想いいよ!とひたすらに言うことはできるけど、それで瞑想を実践する人が
2021年10月29日 07:00
20210713先日ご高齢の女性と瞑想をご一緒した。僕の方でリードさせてもらいながら5分間の瞑想を共にする。5分が経つとタイマーが鳴り、余韻に浸りつつ、ご自身のタイミングで目を開けてもらうよう伝える。割合多くの方が、この余韻の時間を楽しんでるようにみえる。すこし間を置いて、味わって、ふーっと目を開ける。それが、この時ご一緒した女性は、余韻で目を瞑ってる時間がすこぶる長かった。こ
2021年10月14日 06:53
20210701「瞑想って何か唱えながらやるんですか?」と妻が鍼のお客様に尋ねられたらしい。妻が鍼灸を、僕が瞑想をしてる建物は2階建ての一軒家で、1階を妻が、2階を僕が使っている。それで鍼灸治療中に上の階から声らしきが聴こえてくるもんだから、お経的な何かでも唱えてるのかなと思われたようだった。残念ながらその予想は外れていて、何かのワークをしながら、ラップをブツブツと口ずさんでいただ
2021年10月2日 06:27
20210619サマタ瞑想が目指すのは“曇りなき眼になる”ことかなとふと思う。サマタは漢字で“止”とあてられる。呼吸などなど、何か一点に集中して、思考を停止させていくような、そんな類の瞑想法がサマタ瞑想。ヴィパッサナー瞑想ってのもある。ヴィパッサナーには“観”って漢字があてられる。観ること、観察することを主眼とした瞑想。歩いておこなう瞑想なんかは、これにあたる。体験をし
2021年9月9日 07:13
20210602このところ身体が変わってきた。能動的に身体が変わったということではなくて、まあそうなのかもしれないけれど、受動的な、モノゴトのキャッチの仕方が変わってきてる気がする。久々に空海の飛白体をみた。それでえらく衝撃を受けた。意識をぐわんぐわんに持ってかれる感じがあった。これまでにも目にしてたはずで、そのときには特別反応することはなかった。変わった文字やなあくらい。それ
2021年8月26日 06:34
20210518今朝した瞑想が深かった。瞑想の最中はどんどん小さくなっていった。刻々と一点に集中してく感じで、終わる時にはその内が満ち満ちてる。終わってしばらくすると、元のサイズというか、元より大きなサイズになる。それは中身がなく膨張したのとも違った感じで、内実、内側が実りながらの大きさというか。その感じがとても気持ちよくもある。ゴールデンウィークをすぎて、身体の具合が変わ
2021年8月4日 06:50
20210424瞑想なんてモノに関わってるもんだから、スピリチュアルな印象を抱かれることがたまにある(この文章をわざわざ読んでくださってる人からすれば、ただの言葉数の多い奴って方が妥当だろうか)。僕はけっこう明確に、スピリチュアルというかオカルトには距離を置いている自覚がある。一方で、スピリチュアルな体験に信頼も置いている。堂々たる矛盾なのだろうけど、自分にとっては明快で、その場で
2021年7月9日 06:31
20210402親子で瞑想をやりにきてくださってる方がいて、お二人と話をする機会があった。娘さんが先にきてくださり、ご自身で習慣として瞑想に取り組んでいた。その影響をうけてか、後からお母さんもきてご一緒した。「瞑想してて、気持ちいいんですけど、自分で何が変わったとかよくわからないんですよねえ」と娘さんが笑って言う。「瞑想をするようになってやさしくなったよ」とお母さん。瞑想に取り
2021年6月25日 06:15
20210318瞑想をしていると、身体の内側みたいなモノが、モゾモゾと動くのを感じることがある。外からみて実際に動いているのか、どの程度動いているのかはよくわからないけれど、そういう実感がある。微細な生がうごめいてるとでも言いたくなるコレが、実に気持ちいい。このうごめき自体が気持ちいいのか、うごめきを感受できる身体の状態が気持ちいいのか、わからないけれど、この感じを味わうために瞑想
2021年2月27日 07:30
20201127「君、鍼灸師になれば?」大学院(建築)の卒業式の時にかけられた言葉だ。大学生活で影響をうけたり、不意に思い出すモノゴトがいくつかあるのだけど、そういった中で、一番覚えてる言葉のうちの一つが、「君、鍼灸師になれば?」である。その言葉を下さったのは隣の研究室のN先生だった。僕の先生の先生にあたる方。直接の指導教官ではなかったけど、授業を受け