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詩集『閑文字』

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伽戸ミナがつくった詩を載せています。読んで頂けたらうれしいです。
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2022年6月の記事一覧

メンズ美容と卒ウィメンズ美容

出したものは片付けなさい、って教えられるから、ぼくたちは化粧しなきゃいけなくなるんだ。
手段だった整理整頓が、心の代理人にまで生長した。何もない座卓やメイキングされたベッドを見ると、ホテルみたいで、客であるということを強調されている気がして、気後れしてしまう。飲みかけのコップがあっていいし、脱ぎっぱなしの服があっていいし、クローゼットは半開きがいい。キレイな状態を見せたい気持ちを理解するから、どん

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ジャンヌ・ダルクの泪

日の出ずる大地が曇天に覆われた。
森は幹の細さを晒し、人間以外の呼吸を隠匿した。
壁は打ち壊され、炊煙の代わりに生活を呑み込んだ灰燼が舞う。
畑が黄金の波をつくる様を見ることはもうできないだろう。
 
燃え上がる祖国を救うために、聖女が立ち上げられた。
 
一回りちいさな鎧が泥と血の跳ね返りで汚れている。
左手に持った剣を踏み躙られた荒れ野に突き立てる。
右手を精一杯伸ばし、旗を高く掲げる。
光沢

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aisiteru、スペース、愛してる

言葉にできないくらい君が好き、なんて表面を撫でる清涼感を楽しむだけの言葉しか吐けない。樹立していた先人たちの、緑陰の葉擦れの音みたいな言葉を切り出したい。予測変換で産まれた僕たちの、電気信号のやりとりから脱け出したい。風流な言葉を、お遊戯会の紙飾りみたいに使いたくない。僕の血と肉と骨、全部の説明をしたい。肉体を切り刻んでも、存在の証明がしたい。
 
熱を持った口から出てきた、とりあえず愛してる、は

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不安だ詩

昼間に家にいると、高揚感と罪悪感でグラグラする。白むほど照り付けられた家々が見える。窓を開けると、撫でるような風とどこかから工事の音が入ってくる。鉄と鉄がぶつかるような、かん高い不協和音が飛散する。工事において、基盤の部分が一番重要で、時間をかけるらしい。人間の場合の子供時代だろうか。いろんな言葉を与えられることで、自分を固定していって、揺らぐことのない基盤をつくる。その上に何を建てても、バランス

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終末の日

幽窓から見える低気圧色の灰世界。
輝きのない光で草木が浮かび上がる。
葉擦れの動きが顕微鏡の世界みたいに蠢いている。
ふとんがあったかいだけで、空から火の渦が降ってきて、明日この世が終わってしまえばいいと思う。まくらの匂いって落ち着く。きっと自分の汗とか脂で、洗濯しないと、怒られちゃうようなものなんだけど、背徳感のある匂いは、人を虜にする。起き上がらないと、後で頭痛が酷くなるって、血行が悪くなった

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おべんとばこのうた

これッくらいのぼくのおべんとばこには、食べ物がぎゅうぎゅうに詰まっていた。アイジョウを込めて作ってくれたので残さずに食べましょう、って言われても、食べものが詰まってるとしか思えなかった。彩りがキレイだね、って言われても、プチトマトと御飯の食べ合わせが悪いんだよなって思ってた。それでも仕事に行く前に作ってくれたし、嫌いなものもなかったから不満は言わなかった。きっとこれが一番最初の忖度だと思う。
料理

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夏がくる

今年はじめてクーラーをいれる。新しいのに換えてから黴臭い匂いはしなくなった。
誕生日の苺のショートケーキの色褪せた写真。姉が生クリーム嫌いだからホールケーキに憧れてた。僕の写真はアルバムに綴じられてなくて、輪ゴムで束ねられてた。
クーラーが騒々しい。冷却用に合理的に作られているから、きっと扇風機みたいな夏の風物詩にはなれない。
白いコンクリートの上で受けていた炎天は、差すより刺すって感じだった。さ

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桑海感

二〇キロの舗装路を歩いた先で河畔に座る。イヤフォンの充電が切れて、アイシテル変換大喜利は聞けなくなった。僕たちは言葉を授けてもらえなかったから、アイシテルしか見つけられなくなったのかな。
風が顔と首に触れて、汗をかいていたと知る。汗はさらさらと流れているのではなく、膜みたいにべったりと覆っていた。今更日焼け止めを塗っていないことを後悔する。ジリジリする肌も風が吹けば快を感じる。生物にとって体温調節

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心を真ん中に受け入れる

何でも受け入れるよ、って言わないでほしい。能動的な目の輝きが怖い。やさしい意味のキャッチフレーズを使えば、やさしい人間になれると思ってるらしい。キャッチフレーズには、本棚の専門書みたいに、在るだけで他者を圧倒する力があるから、それで飾り立てれば空っぽの武器を手にできる。
知識が議論の材料じゃなくて、討論の武器になっている。繕うべき破れを指摘していた営みが、相手をビリビリに破壊する行動になった。知識

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変異型恋愛

新型コロナウイルスみたいにド派手な登場をしなくても、人間に感染しているものはいっぱいある。
 
はじめて買ってもらったニャーちゃんで人形遊びをしていた。ふわふわだけどほっぺに当たると少し痒くなる毛をしていた。そのあとにみみぃを買ってもらった。やさしく撫でてくれるみたいな耳のふわふわが好きだった。次にぴょん吉とナガゾウを買ってもらって、しし丸を買ってもらった時に、人形遊びをしているのは自分だけになっ

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名付けという願い、名前という呪い

子供の名付けに親は願いを込めると聞きます。“和樹”という名は、“和”を父親から、“樹”は家の裏にたくさん木が生えていたから名付けたそうです。ここにどんな願いを込めているのか私はもはや知ることはできませんが、小学校の先生に「平“和”を“樹”立するじゃない?」と言われたときに、そんなに大きなものを背負わされなくて良かったと思いました。
名前の願いとは、意味が文字から出られないように、強く影響を与えるこ

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居場所

こどもっぽく居られる場所が、わたしの居場所。はじめて十九時まで学校に残った時、校舎が居場所になった。教室の三十六分の一の領域は、狭くて安心できるけど、隣国が多いから常に外交仕様にしている。机の上には教科書とノートと蛍光ペンを広げて、机の下では校則違反のスマホをいじる。委員会をやらされてめんどくさい、ってともだちに合わせて言ってたら、肌の上は綺麗になって内臓に毒素が溜まっていった。おともだちとは仲良

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fasutohuudo

ウチの旦那は感想がないから料理のし甲斐がない。食事はエネルギー補給。料理はエネルギー源。プロじゃない料理人はエネルギー変換装置。どうせ味わってないから早くて安ければいい。食後には情報濃縮サプリメント。一回二錠。最新技術で一錠減ったよ。言葉の味なんてとことん無くそう。漢字の歯堪えも、カタカナのサクサクも、ひらがなのねっとりも。良薬は口に苦しって言っとけば似非知識人は納得してくれるから。日本語の美しさ

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脱炭素社会

産まれてきたばかりの言葉は、息に乗っていけるくらい軽い。でも段々といろんな意味を負わされて、重くなって、動けなくなって、死んでいく。死語が堆く積まれた山の中から、化石化したものを掘り起こしてきて、仰々しく発表する。この言葉の本来の意味は今と違います。正しい言葉遣いに立ち返りましょう、と現代仮名遣いで書いている。“正しい言葉を遣おう”は“地球を守ろう”くらい馬鹿げている。キャッチフレーズはキャッチ―

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