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詩集『閑文字』

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伽戸ミナがつくった詩を載せています。読んで頂けたらうれしいです。
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記事一覧

【詩】呪縛

愛とかどうでもよくなってしまいました。
空腹とか無視できるようになってしまいました。
春風のようにやさしい声で教科書が読み上げられる火曜の三限では、あんなにも耐え難いものだったのに。大地を揺らすほどの助けを求める叫びでも、電車の走行音のように気にも止めなくなりました。
色彩とかどうでもよくなってしまいました。
赤色と橙色の中間とか考えなくなってしまいました。
だいすきな詩集を読んでいても、言葉が文

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脆さ

脆さ

授業がおわった。周りが一斉に立ち上がる気配がする。ぼくは板書
のさいごのさいごをノートに写している。教室の空気が渦巻いてい
る。ぼくは渦と渦の狭間でぐずぐずしている葉っぱのような心地に
なった。ぼくはいつも周りとズレる、と思って周りを見ると、周り
とズレている人はけっこういることに気づく。朝に買ったおにぎり
が入ったビニール袋を鞄から取り出す。椅子を引くと、床を削って
しまっているような音がする。

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夕日が無ければ

夕日が無ければ
おにぎりを節約してまで筆を買って
絵を描きはじめる人はいなくなるだろう
夕日が無ければ
三十年築いてきた地位を捨ててまで
詩を書きはじめる人はいなくなるだろう
夕日が無ければ
大声で身体を揺らしながらの
祈りをささげられる神はいなかっただろう
夕日が無ければ
登戸-宿河原間の多摩川の土手で
温度も匂いもかげもかたちもなく流れた涙も
その涙をしっかり見つめて差し出す右手もないだろう

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割れるまでほんとに割れると思えない蛇口を咥える水風船が

男にも女にもキスだけで膨らむものがある
というか、この世のものはキスしないと膨らまない
キィッと捻ると、青いゴムの中へ水が注ぎこまれる
青さがうすまっていく
やわくたわませた光を周りにこぼす
お母さんたちはダンスホールみたいにキレイで素晴らしいね
と言っている
ほんとうのすがたはここにあるのかなぁ?
「うすくなっていく青があなたの本当の姿です
つべこべ言わずに信じなさい」
この言葉はきっと割れるま

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詩人だと名乗れなくても詩は書けるカシミヤのセーター箪笥の奥へ

『伊東家の食卓』でやっていたTシャツのたたみ方は
結局できるようにならなかったな
陽が傾いて部屋に侵入して
足首にまとわりつく、くすぐったいよ
時間は有限だ、
無駄にするな、
って鞭振るっていたとき
意味のあるものの中身をよく考えていなかったな
雲が夕陽に照らされて、溶岩みたいになっていたのを
写真に収めたら、関西弁の「つまらん」が聞こえてきて
ひとしきり笑ったあと、おきにいりに登録した
ほんとう

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木曜

ぼくが水曜と木曜をまたいだとき
ふと、水曜と木曜は出会うことがないんだなとおもった
そんなことを木曜に聞いてみたら
水芙蓉と木芙蓉に面識はないみたいなことだよ、と
答えてくれた
きみは好き放題切り刻まれたままでもいいのか
と、やや力を込めて言ってしまった
するとカレは鷹揚に笑ってから
霧が出てきたね、と言った

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詩です。
読んでいただきありがとうございます。

いなかった

ママもねぇねもパチンといい音を立ててボタンを留めているのに
ぼくはなんどやっても、足がグネったときと同じ音がするだけで
きれいに留めることはできなかった
2024年10月12日の夕陽は
水平線に対して斜めに沈んでいきました
テレビでもSNSでも、これは吉兆だと笑って済ませていて
むかし、月が分裂したときに、
これは増長をやめない人間への世界からの復讐のはじまりだ、と
騒いでいたことが思い出されて

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ジャングルジム

ジャングルジム
よくいく公園でいちばん好きなのはジャングルジム
そのジャングルジムが撤去された
理由は太腿をあつめて組んだものだったから
大問題になったみたいで、おかあさんもきもちわるいって
なんどもなんども声に出していた
みんなからもらった「つらかったね」が雀の死骸のようで
それが手の中で積み上がっているさまは
ぼくだけのジャングルジムみたいだった

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詩で

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噓が混ざる

地面を叩きはじめてようやく
雨が降っていることに気づいた
雨の正体は粒なんだってことに脳ででしか気づけなくて
目でとらえられるのは竹串みたいなもの
無数の雨粒がバケツのみなもにまるく刺さっている
透き通っているものが偉いって声が
揃い始めたあたりから
雨は短時間で大量に降るようになった気がする
逆かもね。ねもかくゃぎ
Gyakukamone.enomakukayG
不純物の美しさに感動することを許

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漂白

息子の制服のワイシャツの襟汚れをごしごしこすっていると
鹿の解体をしているような気分になった
すうっととぎれなく皮が剥がれる快感とおなじものが
へその奥でふくらんでいった
あんなにはやく危険を察知して
北風のように駆けうつくしく跳び越えていた胡桃色の体躯が
玩具みたいにパコパコと外れて
なまぐさい笑みが自然とこぼれた、ことを思い出した
白くなったワイシャツを見て
なにかとんでもないものに加担してい

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翼を折りたい

いまわたしの願いごとが叶うならば翼を折りたい
そんなうたをタコ公園を歩くハトがうたっている
育児に協力的でなかったことを疎まれて
家庭に居場所がなくなり娘の成人と同時に離婚された男が
餌を撒いて集めたハトが一斉に飛び立った
空を飛ぶってこんなに楽しいことなのに
どうしてそんな馬鹿げたことを言っているの?
そうやって言ってしまえる上から目線が嫌になったから
という言葉を砂利の方へ落とした
飛ぼうが歩

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ひっかいてしまった
爪はちゃんと切りなさいと言われていたのに
いかにもいきものという感じの血の赤さは
ごまかしようがなかった
いまさら爪を切っても
心臓にまとわりついた泥はなくならなかった

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詩です。
読んでいただきありがとうございます。

望郷

望郷

オオワシの翼を広げ毛先の先まで力を込める
ひとはばたきで大地と別れ足元に社が見える
はばたくたびに空気がはじけ山をちらと見て風を置き去る
達人の矢のように雲を突き抜けると
悠然と白く輝き泰然と夜空を照らす月のなかの月
言葉ならあそこまで飛び上がることできるのに
故郷の三笠の山には飛んで行くことができない

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詩です。百人一首を題材につくりました。
読んでいただ

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幻想

幻想

夜空の白い星々を見上げながら
カササギの橋に降りる霜って
凍った水のあつまりなんだと思った
田んぼの一枚一枚に月はしっかり映るように
しずくの一粒一粒にわたしが映る
水からしずくが生まれるたびに
わたしが孤独でいる世界も増える

こんなことを考えてみたところで、夜は更けていくだけで
誰かがわたしのもとに来てくれるというわけではない
それでも考えてしまうわたしはきっと損な性格なんだろう

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