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解読「羅生門」

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芥川龍之介の「羅生門」を中心に解読しています。
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「羅生門」を読む⑦ 完結編/観点別考察

「羅生門」を読む⑦ 完結編/観点別考察

これで「『羅生門』を読む」シリーズは完結です。だいたい書き尽くしたかなあ。まとめの意味で、観点別に述べてみました。長いので、興味のある項目を読んでいただければいいと思っています。お暇なときにどうぞ。

▢極限状況の創出

日本文学において極限状況下の人間を描く作品は、大岡昇平の「野火」「俘虜記」、武田泰淳の「ひかりごけ」、島尾敏雄「出発は遂に訪れず」、安部公房「砂の女」、中島敦「山月記」あたりが思

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「羅生門」を読む① 序章として処女作「老人」を読む

「羅生門」を読む① 序章として処女作「老人」を読む

「羅生門」が「帝国文学」に発表されたのは1915年(大正4年)11月です。芥川龍之介は当時、23才、東京帝国大学在学中でした。その1年前、「新思潮」に「老年」という短編を発表してますから、「羅生門」は彼の第2作目になります。

どうでしょうか、ここまでで、この芥川という作家、かなり特異、というか有り体にいうと変です。処女作、しかも彼はこのとき大学生です。それで「老年」?ありえなーい、でしょ。「羅生

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「羅生門」を読む② 2人の芥川/末尾文の改稿について

「羅生門」を読む② 2人の芥川/末尾文の改稿について

▢「老年」と「羅生門」の相違点と共通点

前回、序章として芥川龍之介の処女作「老年」を読みました。まずその「老年」と「羅生門」を比べてみましょう。

1作目と2作目、二つの作品の間は約1年。ほとんど真逆の作品スタイルです。これを、作家の変化とみるか、幅とみるか。う~ん、どっちかなぁ、よく分からないので、ここは両方あり、ということにしておきます。

このように比較すると違いが前面にでますが、共通点も

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「羅生門」を読む③ あらすじから迫る-マクロ的視点からのアプローチ

「羅生門」を読む③ あらすじから迫る-マクロ的視点からのアプローチ

今回は「あらすじ」から「羅生門」に迫ろうと思います。言い換えればマクロな視点から作品を読んでいこうというわけです。

国語の授業であらすじを書くとか要約するとかいう学習活動がありますが、その際には必ず字数設定がなされます。これはとても大事です。字数によってどれくらいの要素を盛り込むかが変わってきますからね。まず、そのことを芥川の処女作「老年」を例に確かめてみます。「老年」については拙文の「『羅生門

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芥川龍之介「鼻」を読む-内供を毀損する自意識と傍観者の利己心

芥川龍之介「鼻」を読む-内供を毀損する自意識と傍観者の利己心

「鼻」は「羅生門」より3ヶ月後の大正5年2月「新思潮」に発表され、
夏目漱石が激賞したことでもよく知られている作品です。

「鼻」にも「『羅生門』を読む③」で行ったあらすじからのアプローチをやってみたいと思います。ただ、今回はその「応用編」になります。それはあらすじを前半と後半の2つに分ける必要がでてくるからです。もちろん、1つでもできますが、あえてそうしないのは、あらすじを「あらすじ」として終わ

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「羅生門」を読む④ 精読編1-「下人」とは何者か-

「羅生門」を読む④ 精読編1-「下人」とは何者か-

前回の記事で、あらすじというマクロ視点から「羅生門」を読んでみました。今回からは場面ごとに精読していきますが、それに先立ち、場面の構成を精査することにします。というのは、「羅生門」という作品は場面構成にも作品を読み解く鍵が仕掛けられていと思うからです。

▢「羅生門」の場面構成の示唆する主題

場面を構成するのは「時」「場所」「人物」の3つの要素です。その要素のうち1つでも移行すると場面が展開しま

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「羅生門」を読む⑤ 精読編2-下人の憎悪と〈善/悪〉の相対化

「羅生門」を読む⑤ 精読編2-下人の憎悪と〈善/悪〉の相対化

芥川龍之介の作品を読むとき、絶えず意識されるのはこの作家の物事や人間を見る目である。それは容赦の無く対象を見透かす目である。そういう意味で彼は徹底したリアリストであるということができる。彼のこの目は自分にも向けられ、彼自身を毀損することにもなる。よく言われる「見えすぎる」苦悩というもので、それは決して人を「幸福」にするものではないだろう。

だがそのことが彼の作家として負の要素とはならないことは言

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「羅生門」を読む⑥ 精読編3ー主題/「ある勇気」の覚醒

「羅生門」を読む⑥ 精読編3ー主題/「ある勇気」の覚醒

▢前回までの振り返り

〈「羅生門」の場面展開〉

〈下人の位置と変化〉
場面1において、下人はこのままでは飢え死にする状況にあっても盗人になる「勇気」がもてませんでした。それは、平安末期の濁悪世の中にあっても、下人がまだ既成の道徳枠組みの住人であったことを物語っています。

場面2は梯子の中段の下人の描写から始まります。下人は「一人の男」と表現されていますが、楼内という未知の世界に近づくことによ

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