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掌編小説、詩など

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2023年10月の記事一覧

ハードボイルド書店員日記【158】

ハードボイルド書店員日記【158】

「こんな内職、ありそうじゃないすか?」

閑散とした金曜日。ブックカバー全種を夢に出てくる勢いで折った。担当する棚の本は出し終えている。黙って接客していれば誰からも文句は言われない。だが限られた時間は主体的に有効活用すべきだ。

児童書担当のシュリンク作業を手伝うことにした。彼はカウンター内に大量の絵本を載せた台車を持ち込んでいる。一冊ずつ適切なサイズの透明なフィルムへ入れていく。大きすぎたら上部

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ハードボイルド書店員日記【157】

ハードボイルド書店員日記【157】

「この手帳、置いてない?」

同僚のひとりが有給休暇を取った平日。何も問題はない。当然の権利だ。自分の時間を楽しんでほしい。問題があるとすれば、ひとり欠けただけで開店ギリギリまで雑誌を棚に並べられず、書籍の荷開けも終えられぬ人員体制の方だ。

カウンターの裏や仕入れ室にゴミや諸々の残骸を隠し、どうにか体裁を整えて朝10時を迎える。アイドル情報誌と付録付きの女性誌を携えたお客様が大挙してレジへ押し寄

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ハードボイルド書店員日記・幻の出張版

ハードボイルド書店員日記・幻の出張版

翻訳家・柴田元幸さんが責任編集を務める文芸誌「MONKEY」vol.30で「800字以内で書かれたショート・ショート」「ただし、かならず猿が、何らかの形で出てこないといけません」という募集をしていました。これはチャンスと思い、さっそく↓を書いて送りました。

いわば「ハードボイルド書店員日記」の圧縮&出張版です。

残念ながら、昨日発売になった「MONKEY」vol.31に掲載はされませんでした。

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ハードボイルド書店員日記【156】

ハードボイルド書店員日記【156】

2017年8月。

勤めていた書店がなくなり、同業他社へ移って数か月が過ぎた。店長が同世代でプロレスファンだった。「高田延彦 vs ヒクソン・グレイシー」を2回とも東京ドームで生観戦したらしい。

ある日、大量のダンボールを開ける作業中に蓋で剥き出しの前腕をこすり、8センチぐらいの浅い切り傷ができた。「大仁田だね」と笑みを向けられたが「わかりません」ととぼけた。大仁田厚のことは嫌いではない。だが「

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ハードボイルド書店員日記【155】

ハードボイルド書店員日記【155】

「東野圭吾の『マスカレード・ゲーム』はありますか?」

品出し中。ノースリーブの青いニットを着た女性に声を掛けられた。調べるまでもなく棚から取ってきて手渡す。「できたら文庫の方を」「申し訳ございません。単行本が出たのが昨年の春なので、まだ」「あ、そういうものなんですね。すいません知らなくて」私も書店で働くまでは知らなかった。太宰治や芥川龍之介がそうであるように、すべての現代作家の小説も即文庫で買え

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