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掌編小説、詩など

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2022年8月の記事一覧

ハードボイルド書店員日記【100】

ハードボイルド書店員日記【100】

「すいません、これ大丈夫ですか?」

雨が降るはずだった平日の午後。永遠にカウンターを抜けられない。傘を持たぬ帰宅者が駅の出入り口で彷徨うように。交代要員はいずこ?

入って間もないアルバイトの女性が隣のレジで首を傾げる。クレジットのパスワード入力を待っているときに声を掛けられた。「VJAのギフトカードは使えない。JCBなら大丈夫。お釣りは出ない」カードとレシートとお客様控えをカルトンに載せた。カ

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ハードボイルド書店員日記【99】

ハードボイルド書店員日記【99】

「あの本、面白かったよ!」

休日。用があったので職場が入っている商業施設へ来た。馴染みのうどん屋で昼を食べ、寒気を覚えるほどクーラーが熱く稼動するカフェでひと息つく。声を掛けられた。中学生くらいの小柄な男の子。トレイの上にオレンジジュース。ピンクのマスクの下で笑顔が引きつっている。邪魔じゃないかと気にしている。痙攣しそうな一重まぶたを見て記憶が蘇る。

「ああ、この前の」「やっぱり本屋の店員さん

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ハードボイルド書店員日記【98】

ハードボイルド書店員日記【98】

「すいません、この本を探してるんですが」

世間はお盆の真ん中。書店はコンビニのお仲間。有休申請が重なり、繁忙期にもかかわらず人手は乏しい。特に今日は外野をひとりで守るような状況だ。そもそも普段からショートがレフトを、ファーストがライトを兼ねている。

某版元から直送で届いた補充分を品出しし、教育書の常備を入れ替える。レジの応援に入り、セルフレジの案内をし、在庫検索機のロールを交換する。店内4か所

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ハードボイルド書店員日記【97】

ハードボイルド書店員日記【97】

「あー、虚しいなあ!!」

人員不足の平日。朝から長蛇の列が途切れない。某コミックの新刊が発売されたのだ。お買い上げの方に特典のステッカーを渡さないといけない。

1冊につき1枚。10冊なら10枚。20種類以上ある中からピックアップしてもらうため、なかなかレジが終わらない。予め本と一緒にシュリンクするか店員が適当に渡す店もある。だがウチぐらいの規模の店でやると「なぜ客に選ばせないのか」と騒ぎが起き

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