旬の食材を長くたべられるように工夫して作られたものは世界中にあふれている。インドで言うとアチャールやピックルはインドを代表する保存食である。北インドではマスタードオイル、 酢、塩をふんだんに使ってマンゴー、レモン、ライム、野菜、青唐辛子などを漬けておくことが多 い。各家庭で作られているので、それぞれの家庭で味わいが違うのが面白い。使われている食材 も多岐にわてり使われており、インド各地に行くとアチャールだけを扱う専門店が存在する。量 り売りで販売しているところが多いが特に人
アフリカの南東の島マダガスカルにやってきてもう何日になるのであろうか。今日はバニラ農園へと向かう。世界のバニラの約半分を生産しているマダガスカル。最高級品質とも言われその香りの良さと状態の良さが評価され世界中のパテシエらを虜にしている。その最高級のバニラを求めてマダガスカルに来た。バニラ農園主でもあるニコラス曰く、マダガスカルでバニラの輸出が許可されている企業は10社しかなく、毎年その許可証を更新しなくてはならない。幸い彼の会社は毎年許可がおりていて40年近くバニラを世界に輸
マダガスカルに着いてすでに3日が経過しようとしていた。首都アンタナナリボからマダガスカ ル島の東海岸に移動して素晴らしい朝日を拝み、当日は休日だったこともあり友人の湖畔にある 家で過ごした。友人のいとこがマダガスカルの東海岸の北部と中部でバニラ農園を中心に様々な スパイスを栽培していると聞き次の目的地タマタブという街に行くのが楽しみであった。 湖畔で過ごした翌日は朝ごはんは食べずに早朝から移動した。5時間くらいで着くだろうと言 われたが、先日の道路状態からするとおおよそ5時
アフリカ南東にある島「マダガスカル」についた初日はとても疲れていた。成田を夜の9時に出 発してソウルとエチオピアのアディスアベバで飛行機を乗り換えマダガスカルのアンタナナリヴォ 空港についた時には出発してからちょうど24時間が経過していた。マダガスカルの友人が特別 な料理を用意してくれていたが、しっかりと味わうこともできず眠気と戦っていた。眠る前に飲ん だバニラが入ったラム酒がじわりと身体中をめぐりベッドに倒れこむように眠りに入った。翌朝 からバニラの旅が始まる。友人のいとこ
真っ赤な土に見渡す限りの大地。始まりの大地アフリカを見てみたいと思ったのはもう何年も 前のことであろう。なかなかきっかけがなく今日まできてしまった。 スパイスのことを知れば知るほど東南アジア、インド、アフリカのことはいつだって気になって いた。クローブ、ペッパーにバニラ、スパイスが豊富な国が多い。そしてそれを用いた様々な料理がある。モロッコの料理、エチオピア、南アフリカにナイジェリア。インドの人々やフランスの人々が多く住んでいたところも気になる。あれよこれよと月日が経って
旬の食材とスパイスを合わせてつまみになるであろう様々な料理を作って日本ワインと合わせていく「スパイスつまみの会」は毎月開催して20回目を迎えようとしている。 参加者の方々や周りの方々からもぜひ日本酒でという話があったのだが、難しそうなイメージと開催したは良いものの会場に居座ってしまう人たちが多いのではないかと心配になり二の足を踏んでいた。 初めの一歩を踏み出すきっかけを作ってくれたのは鎌倉の小町でマジックアワーと言うお店をされていたミキさんが通常営業の形態を変え各地でポッ
インドではナヴァラトリと言うお祭りが開かれている。春と秋に開かれるこのお祭りは北イン ドを中心にインド全土で盛大に祝われる。サンスクリットの言葉で9つの夜を意味するこのお祭 りはこの時期、秋の太陰暦に基づき毎年開催される。熱心な人は断食をしたりする。新しいこと を始めたり、自分と向き合うには最適な期間と言われ、日本でいうところの大晦日にちょっと似 ている。悪鬼を倒すために9回も姿を変える女神。そして10日目の昼に戦いは終わり悪鬼の首は 川に流される。それを盛大に最終日に祝うの
アナン研修旅行という名の団体旅行に去年から行くようになった。所縁のあるところにと 2023年はアナンのスパイスをブレンドしたりパッケージをしている長崎県は島原や雲仙に赴き温泉で身体を癒した。今年は約十数年通い続け、数年前からいくつかの商品もパッケージやブレンディングしている広島県の尾道へときている。 普段一緒に仕事をしていてもゆっくりとお話しする機会が少なかったり、連絡は取っていても顔 を見たことがない仕事仲間だったりと会って、話すことだけでもとても有意義な時間になる。思
人類が初めて作った人口の調味料は「お酢」なのだとか。お酢が作られたことによって様々 な料理が生き生きとするようになったであろうし、食材を長く保存できるようになったのではな いだろうか。インドでのお酢の歴史を調べると歴史は長く、3,000年ほど昔にさかのぼるのだと か。エジプトで誕生したと言われるお酢は早い段階でインドにも伝わり、料理などに使われるよ うになったのであろう。しかし2,500年ほど後にインドにポルトガルやイギリス、オランダの人々 がきた時、彼らが肉や魚を保存するた
尾道からしまなみ海道を渡り一つ目の島。向島。橋を渡ってすぐのところに新しいスパイスの 拠点ができた。場所ができたらたくさんの人たちが来るようになり、建物の風通しが良くなっ た。実現したいこと、やってみたいこと、楽しそうなこと、挑戦してみたいこと、伝えたいこと、 などなど。新しい場所にまつわる様々な人たちが「スパイス」や「インド」を軸に色々なことを 表現できたら良いなと思っている。 何年か前からスパイスを売るより伝えることが大切なような気がして、料理教室やイベントなど を
美味しいイチジクが旬なのでイチジクを使ったカレーを作ってみた。イチジクの効能や歴史を調 べてみるととても面白かったり、持っている成分がカレー作りに適していたり、スパイスと相性 が良かったりする。 土鍋にあうスパイスミックスを作った時も、土鍋ならではのレシピを作ることによって土鍋の 歴史や特徴、良さがわかった。その良さがわかったからこそスパイスを使う意味や意義がわかっ たような気がする。 「かりん」、「ピーナッツ」、「ジビエ」、「海藻」、「栗」、「野菜」、「肉」などなど様々
ヨルダン渓谷の遺跡から炭化された無花果(イチジク)の実が発見されたそうで、遥か昔、 新石器時代から無花果の栽培が行われていたのではないだろうかと言われている。中東、アラビ ア半島からインド北部が原産地とされており、日本には16世紀ごろに伝わったのではないだろうかと言われている。かつてアダムとイブがエデンの園で食べた禁断の果実は無花果ではないかと言われており、禁断の果実を食べた後に自分たちが裸であることに気づきイチジクの葉で腰ミノを作り身につけたのだとか。 インドでもイチ
スパイス屋のおじいさんがその孫にスパイスを通して生きていく上で大切なことを教えていく映画があった。ブラックペッパーは太陽、シナモンは金星など様々なスパイスを色々な惑星に捉えてその特徴を説明しているシーンがあった。そして孫に「地球はなんだと思う?」と聞く。悩んでいる孫におじいさんは優しく教えてあげる。 「地球は塩だよ」 そしてそれはバランスだとか、料理に命を吹き込んでくれるものだとか、言っていたような気がするが、「塩は地球」というおじいさんの言葉がスッと私の中に入ってきた
日本での学生時代とインドでの学生時代。言語、人、場所など違うことはたくさんあったが、 印象的だったのが試験の解答だった。比較的日本では問題の解答は短く簡潔に覚えているものを 書くことが多かった。インドでは試験を受けると解答用紙が配られるが、それはただの紙に書き やすいように線が引いてあるだけで、解答する空欄などはなく、自分で問題の番号とその解答を 好きなように書くことが多かった。日本からインドに転校した当初は言葉もほぼわからず、試験 といっても数学がようやくできるくらいであ
見渡す限りの広々とした大地。農道のようなものを2人の男が歩いていた。1人はかつてないほ どに自国の領土を広げたアショカ王。そしてもう1人が仏教の生みの親、ブッダである。アショカ王はブッダと出会ったことで彼の教えを広めることを大切にしていた。そして様々な助言を実行させていった。灼熱の国インド、厳しい日差しの下農業に勤しむ人々の姿を見たブッダはアショカ 王に農道に木を植え日陰を作ったらどうかと助言した。植えるのなら実がなる木が良いとも助言 し、植えたのがマンゴーの木だとも言われて
スイスのジュネーブから列車に乗り、どこからか登山鉄道に乗り換え、たどり着いたツェルマッ ト。車も規制されていることから空気も澄んでいてとても綺麗だった。季節は夏。そびえ立つマッ ターホルンを眺めながら山道を歩くとのびのびとした牛たちが幸せそうに草を食べていた。本当 に幸せそうに。 宿のロビーの正面には大きな窓がありカーテンが開くと綺麗なマッターホルンが飛び込んでく る。夕暮れ時になると黄金色に染まるとんがった山。それを見るだけでも遥々来た甲斐がある。 併設されていたレスト