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短編小説・ショートショート

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ショートショートは2000字前後まで、短編小説はそれより長めの読み切りです。
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2022年3月の記事一覧

【ショートショート】決別の涙にさようなら

【ショートショート】決別の涙にさようなら

僕は勇気を出して
詩を書いてるって
みんなに言って
自信作を5編おさめた紙を配った
次に会ったときに
どんな感想をもらえるだろうかと
恥ずかしさに打ちふるえながらも
楽しみにしていたんだ
言葉は僕の魂そのものだからね

2週間後
またみんなに会う機会があった
前回よりも人数が少なくて
ちょっと残念だったけれど
僕の詩について
何かひと言でも聞けたらと
気にしないようにしていたんだ

酒を飲む
ビリ

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【ショートショート】増設階段

【ショートショート】増設階段

 卒業式の1週間前に、高校の校舎の西側に階段が増設された。もの珍しさに学校中から生徒が押しよせ、意味もなく上下運動をくり広げる。
 卒業を間近に控える美波も例外ではない。運の良いことに美波の教室から階段はすぐ隣なので、休み時間になると仲の良いクラスメイトたちに誘われて、ピストンの一部となるべく足を運ぶ。普段はノリの悪い美波だったが、受験が終わってから急に学校に対する愛着がわき、このような誘いを「ま

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【ショートショート】不自由が丘

【ショートショート】不自由が丘

 京子は自由が丘駅の南口にあるティーショップのサロンでお茶を飲みながら、6歳になる息子の金光の帰りを待っていた。この近所にあるバイオリン教室に通っている金光は、京子が付き添っていると集中できないので、送り届けたあとはこの店で時間を潰しているのである。本当はそばで見ていたいところを、先生からの頼みで離れていなければならなくなったので、終わったら先生が店まで金光を連れてきてくれるのだ。
 そろそろ来る

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【ショートショート】アウェイ

 同じ空間で同じ飯食ってさあ、同じテレビ見てゲラゲラ笑ってんのに、なんか馴染めないっていうかね。同じ言葉使ってんのに、その先で捉えてる意味が違うんだろうなあとか……噛み合ってないよなあってさ。多分死んだら家族だったってことも忘れるんだろうね。血はつながってても魂っていうの? そういう心の奥の部分が触れ合ってないと、他人と一緒だよなあとか思うんだよ。見ず知らずの人でも、ひとつでも共感できるところがあ

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【ショートショート】ダンシングピストル

【ショートショート】ダンシングピストル

「位置について、よーい」

 パン!

 蜂ノ巣先生が打ったスターターピストルを合図に、6年生6人が一斉に走り始めた。コルサコフの『熊蜂の飛行』に合わせ、皆の足の回転も軽やかだ。

 ゴール! 

 パン! 

 ゴール!

 パン!

 ゴール!

 パン! パン!

「ちょっと待って! 今のはフライングじゃありませんよ! 蜂ノ巣先生、音がひとつ多いです」

「あ、すいません、つい」

「頼みま

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【短編小説】嘘つきは兵隊のはじまり

【短編小説】嘘つきは兵隊のはじまり

 呼び鈴が鳴った。幸子は回覧板かしらと思いながら玄関へ向かった。

「はい、どちら様ですか?」

「時介です」

 懐かしい声に急いでドアを開けると、4年間、何度手紙を出しても音沙汰のなかったひとり息子の時介が立っていた。幸子は涙声になり、

「時介! おまえ……今まで何をしてたの?」

「お母さん、お久しぶりです。何も連絡せずすみませんでした」

「まあまあ……とりあえずお入り。お腹空いてないか

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【短編小説】カット!

【短編小説】カット!

「郵便屋さん、収集お願いします」

「はい、今行きます」

 郵便局の鵲支店に務める三浦沙耶は、毎月末に本店に呼ばれ「思い断ち切り隊」の精鋭として9度目の勤務にあたっている。断ち切りたい思いを書いた手書きの手紙を収集し、局に戻ってから処分するのがこの仕事の大まかな内容である。収集車は3台出ていて2人1組で行動するのだが、沙耶の相方は4つ年下の鶯支店勤務の青柳達彦で、今回は5度目の参加である。
 朝

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