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考え事の種をばらまいてみる
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記事一覧

自分と他人は違う人という認識

自分と他人は違う人という認識

質的研究法の研修の前半に行ったお遊びの
活動づくり(≒授業づくり)の記事を書こうと思っていたのだが、
そのベースとなる認識の話を長くなるので別で書いておくことにした、

何をどこまで書くかに迷いながら
気がつくと時間がかなり経ってしまった。

この記事のタイトル、極々当たり前のことだと言われるかもしれない。
しかし、我々は本当にそれが当たり前と思えるほど
そのことに気づいているだろうか?

知って

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質的研究法の研修をしてきた話②~当日の流れと様子~

質的研究法の研修をしてきた話②~当日の流れと様子~

質的研究法の研修をしてきた話①で述べたように、
kj法を対象とした研修の話になる。

kj法に対する私の理解やスタンスなどは前記事を参考にしてもらいたい。

〇0.はじめまして?参加者の大半は身内で、普段接する学生たちと、先生。
後数名、卒業生や先生の知り合いの学校教員が2人参加していた。

私にとって初対面のお二人はさておき、
他の人は私のことを知っているのだろうか?

「私のことを知ってますか

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質的研究法の研修をしてきた話①~kj法について~

質的研究法の研修をしてきた話①~kj法について~

質的研究法の中で私が中心的に扱っており、
研修の対象でもあった質的研究法は「kj法」と呼ばれるものだ。

kj法の話が中心になるので、
今回は(いつもか?)割と小難しい内容になると思われる。

kj法は十数年前に亡くなった川喜田二郎氏が創案し、
洗練させた質的研究法の1つである。

現在kj法というもの(名前?)は商標登録されているもので、
(この辺りの権利関係のことがよくわかっていないのだが、)

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“役に立つ”は誰がわかるのか

“役に立つ”は誰がわかるのか

先日書いた「勉強するのは自分のためなのか?」の続きみたいなもの。
他のことを書いていたら話のこの部分が
あまりにも膨らんでしまったので別でまとめようとなったもの。

まだ書き足りないことのほうが多い気もするくらいで、
気が向いたらいっそシリーズにしてしまってもいいかと思わなくもない。

それはさておき読む前に一言、かなり長い。

これは役に立つ、これは役に立たない、と誰かが言う。
本当にその通りだ

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勉強するのは自分のためなのか?

勉強するのは自分のためなのか?

勉強した恩恵を受ける対象は大きく分けて3つくらいあると思っているが、
そのうち2つくらいの話を書く。

勉強という言葉そのものに多少違和感を持つというか、
イマイチ何を指したいのかよくわからないというか、
みたいな感覚はあるのだが、
まあよく聞くフレーズの一部として勉強という単語を敢えて使う。

〇勉強したくない人の話ネット上でも、noteの中でもチラホラ見る話題。
まあ実際のところ勉強に限りはし

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クリエイティブとは何なのだろうか

投稿する記事を書いていると
ああこれも書きたかったのだったなぁと
思い出したり思いついたりする。

これもその1つ。

私は昔、実家で母親からピアノを教えられていた。
音楽というか芸術というか、そういったものに
それなりの思い入れもあるつもりだ。

ただ、私がそうして生きてきた中で抱いてきた芸術観とは違うなぁと
感じることが特にここ10年くらいだろうか、度々ある。
まあそれに関わる話をする人が近く

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話し方は一通りでは全ての人には通じない

話し方は一通りでは全ての人には通じない

昨日の投稿の続きになる、第2段。
ただ生い立ちを書いてるみたいに今のところなっている。

今回は割とお勉強そのものの話。

〇科目の好き嫌い、
 得意不得意はどこから来るのだろうか小学生の頃、私が好きな(得意な)科目は、理科、算数、音楽だった。
一方、私が嫌いな(苦手な)科目は国語、図画工作、体育だった。

以前書いた私がお絵描きが苦手だった話を読んだ人であれば、
音楽が好き、得意というのは違和感

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学校はみんなの居場所になり得るか

学校はみんなの居場所になり得るか

書き物の中でも、
少し絞った内容について書きまとめるものをつくろうと思えた。
この投稿はその1回目になる、予定。

私が教育に関心を持ったであろう最初の時期は多分ここだろう。
古い記憶を呼び起こすのであやふやな部分は多いが、
今以上に忘れる前に書いておく。

〇どこにでも起こり得ること幸いなことに(?)、私は学校に行きたくないと思ったことはあまりない。
小中高大と、毎日のように授業を受けに行って

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先生なんで宿題出すの?~『顕微鏡の説明書』づくり~

先生なんで宿題出すの?~『顕微鏡の説明書』づくり~

最近、新しい評価の話に触れる機会が少しある。
まあそこに直接かかわる話はあまりする気がないので置いといて
でもそれに関係ありそうな昔出した宿題の話を書こうと思う。

〇宿題何のために出すの?宿題を出す理由はいろいろあるけれども、
例えば次のようなものがあると思われる。

・知識やスキルを定着させたい。
・どこまで理解できているのか確認したい。
・事前に予習や復習をさせて、授業をスムーズに進めたい。

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将棋と私のものの知り方・学び方

将棋と私のものの知り方・学び方

正直なところ自分が将棋を始めたのがいつなのかはよく覚えていない。
多分小4くらいだと思う。
うちのじいさんが亡くなった時のことだ。

〇うちのじいさんのつくった将棋盤と駒じいさんは一緒に住んでいたわけではなく、
自宅から車で15分ほどのところに祖父母宅があった。
一緒に遊んだ記憶も特にないし、将棋を教えてもらったわけでもない。

時々家族で祖父母宅に行き、夕飯をごちそうになっていたし、
何かの折に

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すぐに“わかった”と言わなくていい

すぐに“わかった”と言わなくていい

少し難しい、答えがあまりはっきりしないような話をした時にも、
すぐに“わかった”、“わかりました”と言ってしまう人。
時々いるけれども、これに不安を抱く。

なんでもかんでもすぐに“わからなくていい”から、
自分の今意識できること以上のことまで考えられる姿勢でいてほしい。

〇少し難しい話とは私は教育に関わりのあるところにいるので、
そこに通じる内容や方向性のことが多い。

(教育的なこと以外にも

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自分はお絵描きが苦手のはずだった②

自分はお絵描きが苦手のはずだった②

今投稿している今日の1枚シリーズは、
おそらくほとんどの人にとって「これは何を描いているんだろう?」
という感覚ではないだろうか。

しかし、自分はお絵描きが苦手のはずだった①で
最後に紹介したお絵描きの延長線上にあると言えば
少しは伝わるだろうか。

あのなんだかわからないものを私が素直に楽しんでいるということが。

○お絵描きにいつ目覚めたのかそうはいっても、新しく知ったお絵描きをずっと続けて

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自分はお絵描きが苦手のはずだった①

自分はお絵描きが苦手のはずだった①

私は今、お絵描きが楽しい。

一言にお絵描きといっても、
現在少しずつ投稿している今日の1枚シリーズのようなものがほとんどで、
読んでいる人にとっての“お絵描き”という認識と一致するかはわからない。

もともと自分は学校の図画工作や、美術の時間などは苦手だった。
その理由は主に2つ。
多分同様の感覚や認識で苦手に感じた人はいるのではないだろうか。

○思っている通りには描けない感覚1つは、紙の上に

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自己紹介への抵抗

自己紹介への抵抗

先日、自己紹介的な文書を投稿したが、
あれを書く前に書こうとしていたことを述べておく。

ある意味こういった書き物の方が私にとっては
“より自己紹介らしい”と言えるかもしれない。

これを読んで、考えすぎでは?と思う人もあるかもしれないが、
もし思い当たることや気になることがあるのだとしたら、
考え事の種にしてもらえるといいかもしれない。

○“いわゆる自己紹介”があまり好きではない自己紹介と言わ

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