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本とのつきあい

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本に埋もれて生きています。2900冊くらいは書評という形で記録に残しているので、ちびちびとご覧になれるように配備していきます。でもあまりに鮮度のなくなったものはご勘弁。
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#読書

『科学史家の宗教論ノート』(村上陽一郎・中公新書ラクレ)

『科学史家の宗教論ノート』(村上陽一郎・中公新書ラクレ)

科学史家として尊敬する教授である。東京大学や国際基督教大学などでの活躍が際立つ。素人にも分かりやすく、科学の考え方や歴史を紹介してくれ、そうしたものは私を随所で助けてくれた。
 
ずいぶんと年齢を重ね、ここへきてついに、と言ってよいかと思うのだが、「宗教」の問題を著すに至った。カトリック信仰をお持ちだということは有名であったので知っていたが、それを具体的にまとめて語る場に、私は遭遇したことがなかっ

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『ゲーテはすべてを言った』(鈴木結生・朝日新聞出版)

『ゲーテはすべてを言った』(鈴木結生・朝日新聞出版)

2025年の第172回芥川賞受賞作。いつも受賞作を読むわけではなく、興味があつたら『文藝春秋』の発売を待つのだが、今回は早くに目を通したいと思った。地元福岡では大騒ぎだったのである。だが、私が興味をもったのは、福岡県民だったから、というだけの理由ではない。
 
作者が若いクリスチャンだったからである。否、それだけでも関心はそう湧かない私である。しかし、西南学院大学の大学院生であり、教会関係でも牧師

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『手段からの解放』(國分功一郎・新潮新書)

『手段からの解放』(國分功一郎・新潮新書)

スピノザについて、中動態について、いろいろ興味深いことを教えてくれた著者である。前作として、同じ新潮新書から、『目的への抵抗』が出ていた。そして今度は『手段からの解放』である。これらは「シリーズ哲学講話」と題され、大学での講義からの内容が含まれているが、それにしても見事な対比である。
 
優れていると思うのは、最初に構造や原理があって、そこから現実への適応を説明するといった、ありがちな要素を取り払

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『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』(アルバート・E・カーン編・吉田秀和,郷司敬吾訳)

『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』(アルバート・E・カーン編・吉田秀和,郷司敬吾訳)

礼拝説教の中で、牧師が紹介した。本書ではないと思うが、パブロ・カザルスの信仰についてだった。この牧師もまた、様々な本を話題に上らせてくれる。私は、そのどれもを読みたくなる。自分では決して求めなかったような本を教えてくれると、私はそこに手を伸ばしてしまうことがよくあるのだ。
 
パブロ・カザルスの信仰については、話には聞いていた。だが、その内実を考えたことがなかったので、その礼拝説教は私の心に刺さっ

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「風、薫る」

「風、薫る」

2026年度前期 連続テレビ小説「風、薫る」に関心をもたれた方へのお知らせ。
 
先ほど主演俳優の一人の発表がありましたが、物語のモデルは大関和(ちか)と鈴木雅(まさ)の二人です。史実を辿るわけではない物語構成が宣言されていますが、恐らくキリスト教会が舞台となります。植村正久と矢島楫子も登場するはずです。キリスト教書店関係の皆さまは、すでに特集記事や書籍へと動き始めているとは思いますが、クリスチャ

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『阪神・淡路大震災から私たちは何を学んだか』(阪本真由美・慶應義塾大学出版会)

『阪神・淡路大震災から私たちは何を学んだか』(阪本真由美・慶應義塾大学出版会)

阪神淡路大震災から30年を経るときに出版された。被災者の悲しみや苦労は、当時には同情や寄り添う気持ちを大いに受けたが、次第に薄れてゆく。他の地域でも震災と呼ばれるものや、豪雨などによる災害も相次ぐ。だが震災の地獄絵は、人の心にずっと残る。被害こそなかったが、私もあの揺れを京都で体験し、体はいまなお覚えている。
 
本書はその地震の被災者の姿を辿るというようなものではない。地震のメカニズムを説こうと

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『傷つきのこころ学 学びのきほん』(宮地尚子・NHK出版)

『傷つきのこころ学 学びのきほん』(宮地尚子・NHK出版)

Eテレの「100分de名著」は、2025年1月に、安克昌さんの『心の傷を癒すということ』を紹介した。もちろん、そのテキストも早速購入した。その本自体は、「増補版」が出たときにすぐに読んでいる。阪神淡路大震災で駆け回った精神科医で、PTSDとかトラウマとかいう言葉が、世に知られるようになったきっかけとなった働きをした人である。
 
同じ題でその姿がNHKのドラマにもなり、それを編集して映画化もされた

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『論理的思考とは何か』(渡邉雅子・岩波新書2036)

『論理的思考とは何か』(渡邉雅子・岩波新書2036)

関心はあったが、発売すぐには手を出さず、評判を待っていた。どうやら評判がよいようだ。いろいろあって迷ったが、ついに購入。なんと面白いのだろう。
 
小中学生に、作文を書かせる指導もしている。推薦入試などで必要なのだ。だが、そもそも文章を書くという経験がないに等しい子どもたちに、筋道の通る文章を綴れ、というのは、バットを握ったことのない人に、さあ打席に入って打て、と言うようなものだ。とりあえず書かせ

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『これからの日本の説教 説教者加藤常昭をめぐって』(説教塾ブックレット・キリスト新聞社)

『これからの日本の説教 説教者加藤常昭をめぐって』(説教塾ブックレット・キリスト新聞社)

説教塾のブックレットの中では、厚いものである。240頁ほどある。「説教塾ブックレット」としては第9巻である。主宰の加藤常昭先生が齢80を数え、「Xデー」なるものも話題になってきた中、「加藤常昭とは何か」ということを問う機会が、このように設けられたのではないか、とも思われる。実際が違ったらお叱りを戴きたい。
 
キリスト教会において、礼拝説教というものに、これほど光を当てて、重視した人は、これまでい

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安克昌『心の傷を癒すということ』

安克昌『心の傷を癒すということ』

NHKのEテレ「100分de名著」は、2025年1月に、ようやく『心の傷を癒すということ』を取り上げる。
 
阪神淡路大震災から30年。全く知らない人もたくさんいるし、知っていても忘れてしまっている人が多いかもしれない。
 
このときの、安克昌さんや中井久夫さんの働きと訴えにより、その後の地震や災害において、「心の傷」をどうするか、という「心のケア」が図られるようになった意義は大きい。
 
自ら被

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『翻訳教室 はじめの一歩』(鴻巣友季子・ちくま文庫)

『翻訳教室 はじめの一歩』(鴻巣友季子・ちくま文庫)

NHKの「ようこそ先輩 課外授業」で2012年2月に放映されたものを基にして、翻訳家である著者が行った授業が、ここに再現されている。もちろん、背景や解説が加えられているが、子どもたちの様子が、臨場感を以て掲載されていて、実に微笑ましい。
 
だが、これは子どもたち云々という問題ではない。実に大人へ向けてのメッセージである。子どもたちの、既成概念に囚われない発想をここに示すことで、本書は、へたにただ

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『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』(メアリアン・ウルフ・大田直子訳・インターシフト)

『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』(メアリアン・ウルフ・大田直子訳・インターシフト)

マーゴット・マレク賞受賞作『プルーストとイカ』で知られた著者が、その続編として著したのが、本書である。私は、『プルーストとイカ』を読み、続いて本書を読んだ。この順番でよかったと思う。前者は、読書と脳についての、科学的な立場からの叙述であり、さらに教育への懸念や対処を扱っていた。ひとつのは、教育という動機があっての研究であったのだろうと思われる。後者は、そこから時代的に、さらにデジタル読書という形が

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日々のコミックス始める

日々のコミックス始める

仕事から帰り、軽い食事をする。炭水化物は極力避けたもの。日記をまとめ、メールの整理をする。原稿になる文章を認めもする。あとは、本を読む。一日に十冊弱の本を開き、ちびちびと読み進めているが、そのうちの二冊は、この就寝前の時間に読む。しばしば説教集をこのために用意している。いまは、大木英夫先生のローマ書と、加藤常昭先生のマルコ伝からの説教集である。
 
と、これで一日が終わるのがこれまでだったが、最近

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『待ちつつ急ぎつつ キリスト教講話集Ⅳ』(井上良雄・新教出版社)

『待ちつつ急ぎつつ キリスト教講話集Ⅳ』(井上良雄・新教出版社)

タイトルは、同じ著者がブルームハルト父子について書いた評伝のタイトルにも使われていた。しかしこちらは、著者自身の講演である。時に説教という形ででも語ったという著者であるが、修養会や神学校での講演なども多いことから、「講話集」として集められたものの第4巻であるという。「新教新書」という形で、新書の体裁で出されているが、285頁まで書かれているボリュームのため、価格にも納得である。
 
井上良雄氏は、

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