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TBです。これまで身にしみて感じてきました。都市や建築をめぐる想いって、どうして言葉じゃ伝えにくいんだろう? noteでなにができるか、手さぐり中です。

最近の記事

カシモフの首【小説】 Ⅲ.草原の首都開発 ➀

 薄闇の中にそそり立つ巨大なコンクリートの柱。それを取り巻くように組まれた作業用の仮設足場。水平に渡されたその足場板に立った美智は、ほとんど悲鳴に近い金切り声をあげた。 「オルハン・ベイ、これはいったいなに?」  ここは世界平和宮殿の建設現場、コンクリート躯体の最下層。彼女が取りついているのは、地下大会議場前のホワイエに立つ二本の独立柱のうちの一本だ。大会議場への門のごとくそびえるそれらは、この建物の基部で最も重要な柱といえる。吹き抜けの中に自立して地上1階レベルまで達し、ピ

    • カシモフの首【小説】 幕間: ドミトリー、現地入りする

       ドミトリーは一人の痩せぎすの女と向かい合っていた。  そこは白い壁に囲まれた殺風景な部屋で、彼らは折りたたみ式の簡素なテーブルを挟んで座っていた。ほかに家具らしい家具はない。ブラインドは窓枠の下まで下げてあった。  四十代後半とおぼしい女は、コートを脱いでからも、顔を覆うような幅広のサングラスは取らなかった。茶系の地味な服装をしているが、左手の中指にはめた青緑の天然石の指輪が目を引く。彼女は先ほどからずっと居心地悪そうに自分の腕をさすっている。  ドミトリーは念を押す。 「

      • カシモフの首【小説】 幕間: アナスタシア、宮殿の建設現場に立つ

         澄んだ冷気の中、アナスタシアは目の前に広がる風景と対峙した。  挑むようなまなざし、たたずまい。彼女は工事用ヘルメットを深くかぶっている。長い黒髪を横へ吹き流されるまま。  頭の芯まで凍えさせる風は、片時もやむことがなかった。常に青い大気全体が動いていた。ところどころ雪が残るものの、視界の届くかぎりくすんだ黄色の平原が続く。定規で引いたかのごとく真っすぐな地平線。その一部にかすみがかかっている。  近くにしゃがんでいたカザフ人の現場作業員が言った。 「野焼きの煙だよ、ナース

        • 『カシモフの首』 目次・登場人物

          Ⅰ.世界平和宮殿の設計  ①   ②   ③   ④  幕間: ドミトリー、博物館へ呼ばれる Ⅱ.施主の来訪  ①   ②   ③   ④  幕間: アナスタシア、宮殿の建設現場に立つ  幕間: ドミトリー、現地入りする Ⅲ.草原の首都開発  ➀   ②   ③   ④  幕間: ドミトリー、事の背景を知る  幕間: アナスタシア、秘密交渉に立ち会う Ⅳ.怪火・亡霊のうわさ  ➀   ②   ③   ④  幕間: アナスタシア、展望塔にのぼる  幕間: ドミトリ

        カシモフの首【小説】 Ⅲ.草原の首都開発 ➀

        • カシモフの首【小説】 幕間: ドミトリー、現地入りする

        • カシモフの首【小説】 幕間: アナスタシア、宮殿の建設現場に立つ

        • 『カシモフの首』 目次・登場人物

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ④

           翌朝の九時、ナースチャは事務所に姿を見せなかった。  入社以来初めてのことだった。これまでは、始業十五分前には必ず出勤していたのだ。たとえ前日にどんなに遅くまで仕事をしようと。  椅子がぴったり入ったままの彼女の席を眺め、美智は胸の中でつぶやいた。  ――昨夜はあんなことがあったからな……。  結局、あの明治通りでの出来事のあと、美智はナースチャを見失ってしまった。ホテルを訪ねることは、迷ったすえに思いとどまった。夜が明けて朝になれば、またオフィスで彼女に会えるのだからと。

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ④

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ③

           ――うわぁ、なんと収まりの悪いプランなんだ。これじゃ、まるで……。  美智はマウスを握りしめたまま、自席のディスプレイの前でしゅんとした。と、そこへ阿部くんが来て後ろから画面をのぞき込み、 「おぉ、まるでクノッソスの迷宮だね。いったん入り込んだらさいご、二度と生きては出られない!」  意地悪なことを言いながら、阿部くんは印刷されたばかりの図面の束を美智のサイドデスクの上に置いていく。  あの悪夢のようなプレゼンから十日、二十日とたつうちに、いつのまにかもう年の暮れとなって

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ③

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ➁

           秋も終わりに近づき、急な冷え込みとなったある日のこと。  世界平和宮殿の施主であるハミードフ氏――その肩書は「アスタナ首都開発公団総裁」――が来日し、東京の設計事務所を訪れた。プロジェクトの大きな山場だ。  アレックスが応接室で客の相手をする間、設計チームのスタッフは会議室で待機していた。ホワイトボードを兼ねた会議室の壁。そこには大判の図面とパースがずらりと貼られていた。美智は図を指し示すための金属製の指示棒を手に取った。首元に巻いたスカーフをクボタさんが直してくれる。  

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ➁

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ➀

           美智は世界平和宮殿に閉じ込められ、なすすべもなく立ち往生したままだった。  彼女は大階段をのぼりきったところで手すりにしがみつき、目の前の光景から顔をそむけていた。ひざががくがくと震える。倒れないよう体を支えているだけで精いっぱいだ。  正面に広がるアトリウムには、何百という大人数がいるらしかった。ここへ上がってくるまで人の姿はまったく見えず、話し声も足音も聞こえなかったというのに。さらに不気味なことには、彼らはみな、頭のてっぺんから爪先まで真っ白だった。最初は白い服を着て

          カシモフの首【小説】 Ⅱ.施主の来訪 ➀

          なぜマイケル・ジャクソンはロシアの闇を見透かせたか【コラム】

           これが一番という方もいらっしゃるはず。マイケル・ジャクソンの1990年代の作品に、『ストレンジャー・イン・モスクワ』(Stranger in Moscow)という歌がある。以下にその歌詞の和訳を記す。  僕は雨の中をさまよっていた  仮面で素顔を覆い、気が狂いそうになりながら  ある日一瞬にして主の恩寵を失い  晴れやかな日々は遠い昔のことのよう  僕はクレムリンが投げる影にたじろぎ  スターリンの墓に心を追いつめられる  ただひたすら降り続ける雨よ  僕を僕のままでいさ

          なぜマイケル・ジャクソンはロシアの闇を見透かせたか【コラム】

          カシモフの首【小説】 幕間: ドミトリー、博物館へ呼ばれる

           美しい、とドミトリー・クドリャフツェフは思った。  彼は身をかがめ、展示台の上のガラス瓶をより間近くのぞき込んだ。古びた広口の瓶はホルマリンで満たされ、中に胎児が浸かっていた。目を閉じて、ぴったりとほおを寄せ合うシャム双生児の姉妹。彼らの小さな体は蝋で作ったように白い。  ここはロシア第二の都市、サンクト・ペテルブルグ。深夜に跳ね橋となることで知られる宮殿橋のたもとに、ちょっと特徴あるバロック様式の建物が立っている。ネヴァ川の堤防に沿って延びる三階建ての本館。その中央からす

          カシモフの首【小説】 幕間: ドミトリー、博物館へ呼ばれる

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ④

           美智と一緒に建築展へ出かけた日以来、ナースチャは阿部くんと連れ立って昼食に行くのをやめてしまった。なんの説明もなしにだ。終業時刻になってテニスに誘われても、  ――やっぱり美智と図面することにした。そのほうが楽しいし。  と言って断った。まわりの者がぎょっとするほどはっきりした口調で。 「彼女、なにか急に素っ気なくなったんだよなぁ」  ナースチャが席を離れた際、阿部くんがしょんぼりと肩を落として言った。美智はかける言葉が見つからなかった。気まずい空気が設計室に漂う。居合わせ

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ④

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ③

           カタカタ、カタカ、カタタタ、カッタラララ……。  ナースチャが画面に向かってキーを打っている。歯切れのよいタッチタイピング。キーボードとマウスを使い分け、すさまじい速さで図面を描いている。通りかかる誰もが足を止め、その様子にじっと目を向ける。  阿部くんが腕を組み、感嘆ともあきれともつかない声を漏らした。 「手つきがさ、CADオペというより、まるで鍵盤奏者みたいだよな。しかも楽譜なしの即興演奏」  美智は彼と並んで立ち、ナースチャの「演奏」を眺めた。自然と口元がほころんでく

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ③

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ➁

           事務所にとっても美智にとっても、今、最も大事なプロジェクト――それがカザフスタンの新首都アスタナに建てられる国際会議場「世界平和宮殿」だ。  今年(二〇〇〇年)春、この事業のために国際設計競技が催され、世界の名だたる設計事務所とともに、美智が勤める事務所も指名された。これを受け、アレックスは若いスタッフを集めて宮殿の設計チームを編成、そのチーフに美智を抜擢した。彼女は初めて大きな公共建築を一から設計する機会を得たのだ。  ピラミッドはどうだろう、と初回の打ち合わせで言ったの

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ➁

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ➀

          「細かい描き込みはほどほどにしておこう。まずはこれで施主の反応を見ないとね」  美智は明るい声で言うと、ようやく体を起こして満足の吐息をついた。  彼女がCG担当者の肩越しにのぞき込んでいる液晶ディスプレイ。そこにはピラミッドの形をした建物の外観パースが浮かんでいた。コンピュータ・グラフィックスによる三次元の建築モデルが、ちょうど今、敷地の背景写真に合成されたところだ。  ピラミッドは広大な緑地の真ん中、なだらかに隆起する芝生の丘の上にそびえている。その外装は斜め格子のガラス

          カシモフの首【小説】 Ⅰ.世界平和宮殿の設計 ➀