ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』:人類の歴史を俯瞰する壮大な物語
歴史書といえば、過去の出来事を時系列に沿って淡々と記述したものが一般的です。
しかし、ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』は、そのような従来の歴史書の枠組みを超え、人類の歴史を壮大なスケールで描き出す、他に類を見ない作品です。
この本は、認知革命、農業革命、科学革命といった人類史における重要な転換点を軸に、ホモ・サピエンスがどのようにして地球上で支配的な種となり、今日の世界を築き上げてきたのかを、生物学、人類学、考古学、経済学など多様な学問分野の知見を駆使して解き明かしていきます。
ユヴァル・ノア・ハラリとは?
ユヴァル・ノア・ハラリは、1976年イスラエル生まれの歴史学者です。
オックスフォード大学で博士号を取得後、エルサレム・ヘブライ大学の歴史学部で教鞭をとっています。
専門は世界史、中世史、軍事史ですが、近年は人類史や未来予測といったより広範なテーマを扱った著作で国際的な注目を集めています。
特に、世界史における大きな流れを捉えるマクロ歴史学的なプロセスに焦点を当てています。
2019年には、夫でありエージェントでもあるイツィク・ヤハヴと共に、社会貢献企業Sapienshipを設立し、教育やストーリーテリングを通じて、世界が直面する重要な課題に焦点を当てる活動を行っています。
ハラリは世界中で講演を行い、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ、ニューヨーク・タイムズ、タイム、ワシントン・ポスト、エコノミストなどの出版物に寄稿しています。
2020年には、COVID-19の世界的危機について広範に執筆し、CNNやBBCなどの主要ニュースチャンネルでパンデミックの影響について議論しました。
2022年には、ロシアのウクライナ侵攻について公にコメントし、このトピックに関する彼の記事は、ガーディアンの意見欄で史上最も読まれた記事となりました。
『サピエンス全史』の概要
『サピエンス全史』は、人類の歴史を認知革命、農業革命、人類の統一、科学革命という4つの革命を軸に、過去から現在、そして未来へと至る壮大な物語として描き出す作品です。
ハラリは、生物学、人類学、古生物学、経済学などの知見を総合し、歴史の流れが人類社会、動植物、そして人間の性格にまでどのように影響を与えてきたのかを探求します。
本書では、ホモ・サピエンスが他の動物と比べて際立って大きな脳を持つようになったこと、そして虚構、すなわち神、国家、貨幣、人権といった想像上の概念を信じる能力を獲得したことが、人類の成功の鍵であると論じています。
ハラリは、これらの虚構こそが、大規模な集団での協力を可能にし、人類が地球上で支配的な地位を築くことを可能にしたと主張します。
同時に、これらの虚構は、人種、性別、政治など、様々な形の差別を生み出す可能性も孕んでいると指摘しています。
ハラリはこのような想像上の概念を「想像上の秩序」と呼び、貨幣、帝国、普遍的な宗教が人類の統一を促してきたと説明しています。
「想像上の秩序」は、人々が共通の信念を持つことで、大規模な協力を可能にする社会的な構築物であり、法律、貨幣、神、国家など、現代社会を支える多くの制度の基盤となっています。
農業革命は、人類史における最大の転換点の一つとして広く認識されていますが、ハラリはこれを「歴史上最大の詐欺」と呼びます。
農業革命は、食料生産の増加と人口爆発をもたらしましたが、それは同時に、人々の労働時間の増加、食生活の質の低下、感染症の蔓延など、様々な問題を引き起こしました。
ハラリは、農業革命によって人類はより多くの食料を得るようになったものの、必ずしもより幸せになったわけではないと主張します。
さらに、農業革命以前は多様性に富んでいた人類の食生活は、農業への依存によって単一化し、生活様式も狩猟採集民の活動的なものから、農耕民の定住型の生活へと変化しました。
科学革命は、人類に客観的な科学という強力な武器を与え、未曾有の繁栄と進歩をもたらしました。
しかし、ハラリは、科学革命が資本主義と帝国主義と結びつくことで、地球規模の環境破壊や不平等を生み出してきたことも指摘しています。
そして、科学技術の進歩が加速する現代において、人類は自らの未来をどのように創造していくべきなのかという問いを投げかけています。
ハラリは、科学技術の進歩によって、人類は将来的には自らを神へとアップグレードし、生命進化の基本原則を変える可能性さえ秘めていると示唆しています。
同時に、寿命の延長や人間と機械の境界線の曖昧化といった、新たな課題も浮上しつつあります。
さらに、過去300年間で台頭してきた世俗主義とヒューマニズム宗教についても論じています。
ハラリは、資本主義、共産主義、ナショナリズム、リベラリズムといったイデオロギーも、有神論的な宗教と本質的には同じものであり、人々を団結させ、行動を促す力を持っていると指摘しています。
特に、ヒューマニズム宗教は、ホモ・サピエンスを崇拝し、人間には他の動物や現象とは根本的に異なる、独特で神聖な性質があると信じています。
書籍の構成
『サピエンス全史』は、全20章からなり、大きく4つの部に分かれています。
第一部 認知革命
第1章 動物界の取るに足りない一員
第2章 知恵の木
第3章 アダムとイブの一日
第4章 ノアの洪水
この部では、ホモ・サピエンスがどのようにして他の動物と異なる存在となり、地球上に拡散していったのかを解説しています。
認知革命によって言語と想像力が発達し、虚構を信じる能力を獲得したことが、ホモ・サピエンスの成功の要因であると論じています。
また、ホモ・サピエンスが他のヒト属、例えばネアンデルタール人との関わりについては、「交雑説」と「置き換え説」という2つの対立する理論を紹介し、ホモ・サピエンスの支配に至る過程を多角的に考察しています。
第二部 農業革命
第5章 歴史上最大の詐欺
第6章 ピラミッド建設
第7章 メモリー過負荷
第8章 歴史に正義はない
この部では、農業革命が人類社会にもたらした変化について考察しています。
農業革命は、食料生産の増加と人口爆発をもたらしましたが、それは同時に、人々の労働時間の増加、食生活の質の低下、椎間板ヘルニアや関節炎といった健康問題の増加など、様々な問題を引き起こしたと指摘しています。
第三部 人類の統一
第9章 歴史の矢
第10章 貨幣の香り
第11章 帝国のビジョン
第12章 宗教の法
第13章 成功の秘密
この部では、貨幣、帝国、宗教といった「想像上の秩序」が、人類を統一へと導いてきた過程を解説しています。
ハラリは、これらの秩序が、大規模な人間集団の協力を可能にし、グローバルな世界を形成する上で重要な役割を果たしたと論じています。
第四部 科学革命
第14章 無知の発見
第15章 科学と帝国の結婚
第16章 資本主義の教義
第17章 産業の車輪
第18章 永久革命
第19章 そして彼らは幸福に暮らしました
第20章 ホモ・サピエンスの終焉
この部では、科学革命が人類にもたらした影響について考察しています。
科学革命は、客観的な科学という強力な武器を与え、未曾有の繁栄と進歩をもたらしましたが、同時に、地球規模の環境破壊や不平等を生み出してきたことも指摘しています。
ハラリは、ヨーロッパが「外の世界」を支配するようになった理由を探り、 帝国主義と資本主義が科学革命とどのように結びついていったのかを分析しています。
批評・書評・読者の反応
『サピエンス全史』は、出版以来、世界中で大きな反響を呼び、様々な批評や書評が寄せられています。
ビル・ゲイツは、「初期の人類史を楽しく、魅力的に見たいと思っている人なら誰にでもこの本をお勧めします…読むのをやめられなくなるでしょう」と評し、セバスチャン・ユンガーは、「やっと誰かがこの本を書いてくれたことに感謝します」と述べています。
ワシントン・ポスト紙は、「ユヴァル・ノア・ハラリは、歴史と科学の接点に立つ新進気鋭のスター講師です。…サピエンスは、読者を人類史の壮大な旅へと連れて行ってくれます。…ハラリの優れた知性は、人類史における最大のブレークスルーに光を当てています…真面目な、自己反省的なサピエンスにとって重要な読み物です」と評しています。
読者の反応も概ね好意的で、多くの人が本書の壮大なスケールと斬新な視点に感銘を受けています。
一方で、一部の読者からは、ハラリの主張があまりにも断定的で、歴史的事実を単純化しすぎているという批判も出ています。
また、西洋中心的な視点で書かれているという指摘もあります。
『サピエンス全史』を読むべき読者層
『サピエンス全史』は、人類の歴史に興味を持つすべての人におすすめできる作品です。特に、以下のような読者には特におすすめです。
人類史を俯瞰的に理解したい人
従来の歴史観に疑問を持つ人
人類の未来について考えたい人
科学、哲学、歴史など、幅広い分野に興味を持つ人
本書を読むことで、読者は人類の歴史に対する新たな視点と理解を得ることができ、自らの存在意義や未来について深く考えるきっかけとなるでしょう。
結論
『サピエンス全史』は、人類の歴史を壮大なスケールで描き出す、他に類を見ない作品です。
ハラリは、多様な学問分野の知見を駆使し、ホモ・サピエンスがどのようにして地球上で支配的な種となり、今日の世界を築き上げてきたのかを解き明かします。
ハラリは、人類史を「認知革命」「農業革命」「科学革命」という3つの革命を軸に捉え、それぞれの革命が人類にもたらした光と影を鮮やかに描き出しています。
特に、農業革命を「歴史上最大の詐欺」と捉える視点は、従来の歴史観に一石を投じるものであり、読者に新たな思考の枠組みを提供してくれるでしょう。
本書は、人類の歴史だけでなく、その未来についても深く考察しており、科学技術の進歩が加速する現代において、人類が直面するであろう課題や可能性を提示しています。
ハラリは、人類が自らを神へとアップグレードする可能性、寿命の延長や人間と機械の境界線の曖昧化といった問題、そして新たな倫理的ジレンマについて、読者に問いかけています。
『サピエンス全史』は、単なる歴史書ではなく、人類の過去、現在、未来を繋ぐ壮大な物語であり、読者に深い知的刺激と示唆を与えてくれる一冊です。